トンデモ悪女伝説⑦「恐怖分子」のユー・アン・シュン

 

恐怖分子 デジタルリマスター版 [Blu-ray]

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 とにかく観た後に「落ち込む」若い男は多そう、な映画

 この前名画座でやっと観られたんだけど、上映終わって足早に帰ろうとする20代の男子の顔が暗かった(笑)もんね。今年三月にリバイバルロードショーした牯嶺街少年殺人事件 [Blu-ray]も今時の若い男子には内容的にきつそうな映画。だって出てくる女の子達が日本と同じような顔立ちのアジア系でしかも日本の女の子より清楚な美人なのに性格の方は意志強固だし論理的で賢そうなのw。中国の知的レベルの高い女の人ってたいていの日本男子には太刀打ちできないのかもしれないわ。特にエドワード・ヤンの映画に登場する彼女たちは自分のやりたいことに率直だし相手の男に引きずられないで綺麗に男を「切る」んだよね。↑の写真の女の子なんか典型的。一見難しいけど映画観たあとに直感的に何か傷つく、て印象がエドワード・ヤンの映画にはあるみたいだけど説明が難しいのさ。ヒントになるかどうかだけど乃木坂46インフルエンサー」て曲があるでしょう? アレの歌詞の内容を理解した後でこの「恐怖分子」観ると登場する男性達の気持ちがより身につまされて共感できるかもしれない。[infuluence]から派生したのがインフルエンサーなのだけど昔イタリアで占星術師が惑星の配列によって引き起こされる流感を「インフルエンザ」と呼んだのね。だから影響を与える、感化する人間が引き起こす事象は決して良い事ばかりじゃない。其れこそ「死」を呼ぶかもしれないし。映画は1986年初公開されて「恐怖分子ってどういう意味なの?」と今でも観た人の間で議論が起きるのですがじゃあ2017年の今日だと恐怖のインフルエンサーて謂えば良いのかな。

台北郊外のアパートから始まる

 そのアパートの一室では賭博が行われていて、そこに警察の手入れがあり、窓からブルージーンズに白いTシャツ姿の若者が落っこちてくる。中性的だから一見少年みたいな雰囲気だけどよく観るとショートカットの似合う美少女(リー・アン・シュン)。その手入れの現場に居合わせてちゃっかりと事件現場の写真を撮る若い男がいる。皆逃げてガランとした賭博の部屋にいきなりマシンガンが炸裂する(死んだヤツも一人いる)けど、その他は妙に静かに淡々としたもの。んで台湾版のシックな渡哲也かって感じの警部(Bao-ming-Gu)が率いる警察が捕まえたのは上半身裸の長髪男で、飛び降りた少女はけがをして逃げる途中の横断歩道上でぶっ倒れて、若い男はその姿をひたすら写真に撮っていく。コレだけだと何が何だか解らない・・・おまけにこの後はしばらく賭博の取り締まり事件とは全く関係ない夫婦のエピソードが続く。「恐怖分子」未見の人には本当につまらない出だしだと思うのかな?まあひょっとしたらヘンテコで退屈なだけかもね。でも今観ても驚くほど表現がスタイリッシュでシックなの。同じアジアの日本だから余計このシックで洒落た感じが羨ましい。人の死ぬ様子とか登場人物がやたらと歩く姿とかどっかで観たことあるなあと思ったけどその男、凶暴につき [Blu-ray]にちょっと感じが似ているかな。でも世界の北野初監督作品にはこの映画みたいな無印良品のような趣味の良さは無いw。背景の色彩も衣装もモノトーンが基調でアクセントに緑と赤を使ってるのがかっちょいー、80年代の「お洒落系アジア」の描き方はこうゆうもんだったわ。でも映画で実現させたのはエドワード・ヤンだけだったのかあ。・・・ちなみに「恐怖分子」の日本の一般公開は1995年で、「その男・・・」の公開は1989年さ。「恐怖分子」と「その男・・・」が似ているのが偶然過ぎで怖い。

各登場人物が「一方的に」語り行動するだけ

 一転して医局に勤める医師の夫(李立群)と作家の妻(コーラ・ミャオ)を中心に物語が本格的に動き出すのだけど夫は勤め先の病院で、妻は執筆する意欲を枯渇して、それぞれ仕事に問題を抱えているのが描写されていく。夫は病院内での汚職事件に巻き込まれて、妻は締め切り迫っても何も書けず昔の恋人(シウ・チン・キン)に自分の会社で働かないかと誘われる。夫婦は子供もいなくて倦怠期。そんなところへ冒頭の賭博事件に出てきた美少女が何故だか医師の家に電話をかけてきて(彼女は電話帳で目当ての同姓同名の家に片っ端から電話しているから)妻は空き部屋になった筈の賭博の部屋に出かけていって・・・そこの空き部屋では事件の写真を撮ったカメラ青年に出会って、とまあ唐突な感じで話はつながります。ヨーロッパやハリウッドだと「部屋」とか「場所舞台」の存在感がスゴイのですがアジアはそうではなくあくまでも「登場人物」のつながりで話が進むんで、映像的には観慣れないのですが同じアジアの日本人にはお話分かり安いのねw。でもお互いに動機はバラバラ、作家の妻はイタズラ電話に触発されて小説の着想をするし、カメラ青年は賭博事件で出会った女の子が忘れられなくてもう一度会いたくて自分の彼女を振っちゃうし、後に医師の夫はイタズラ電話のせいで妻は自分と離婚を考えるようになったとパニクるし・・・まあ一種のミステリー仕立てといおうか、スリラーぽいのですが、この映画の最もスリラーっちっくなのは、ひたすら女達が男には謎でつれない態度で、男側は常に「自分の都合の良い解釈」をしてしつこいってことかも。しかしイタズラ電話の女の子の「恐ろしさ」はひたすら男達の想像の上をいくのだよっ。

悪夢のような「ただ繰り返す女たち」

 映画の中の主要ヒロインといえばやはり作家の妻になるのですが医師の夫と愛人との間を行き交いながらも、彼女の人生出来事全てを小説を書く材料に使ってしまう為に結局自分の本当の感情は何処にあったのか解らなくなってしまう女性なので困ります。しかもすぐ開き直って相手の男性達(夫にも愛人にも)ガンガン訴えるので男達は混乱して不安になっちゃう、それがまた執着を呼ぶというひたすらめんどくさい事に・・・でもまあ作家の妻がついエキセントリックになってしまうのはインテリ美人だからしょうがないとしても、イタズラ電話娘の方はさらに厄介。彼女が捕まった不良の彼氏がどうしても必要で騒動を起こすのですが、その一方では街に出て金持ちの中年男を引っかけてホテルに入り、金品を盗む事を繰り返す。彼氏さえいれば「美人局」が成立するのでチョロいのですが、一人じゃ大変・・・でもたった一人でも平気で挑戦するんだよこの娘は。普通なら美人局ってカップルの女の子は男に促されてやりそうなイメージなんだけど、彼女の場合は憑かれたような強い動機があってやっているようにしか見えない。でもその動機も映画では最後まで全く説明されない。せいぜい母子家庭っぽい家の娘ってだけなの。それが怖い・・・悪夢かよってくらい怖いシーンもありますからね。それをごく普通にさらっと描いているけど、よく考えたら「すげー変」て映画終わってからしばらく経って気がつきますよお。↑のパッケージの写真見たら、もう可愛いでしょうこの娘?このショートカットの可愛さがくせ者。(笑)

あくまでも主人公の主張かもよっ

 医師の夫は当初病院内での汚職事件は自分の親友が主犯で、そのあおりを受けて上司が急死しちゃってさあ~と家では妻に話している。汚職事件そのものも映画では背景として台詞で語られるだけだし、この設定の最も重要な部分は若くして心臓発作で亡くなったその上司に対して「あの課長奥さんに最近愛人ができたって言って悩んでたみたい」と部下が噂しているシーンがあるからだったりするからさ。どんだけ汚職事件が医師の夫の気持ちをかき乱しているのかが観客にはさっぱり判らないし物語のなかでたいした重要事項だとは思えないの。ただ映画前半の夫は死んだ上司のポストが自分に転がり込むと信じていて妻にもガンガンにアピールするけど彼女は全く興味がなくて夫に対しては「子供が出来ないから別れたい」の一点張りで強引に別れを告げるの。夫は妻とのいざこざに追い立てられているうちに出世を同僚に取られてしかも病院の幹部には汚職事件の首謀者と断定されてしまう。終盤は夫の暴走に走るシーンがとにかくスタイリッシュに描かれて、ええ!? ついさっきまでのは一体何だったの?て感じて唐突に終わる。まるで悪夢が終了するみたいに。・・・映画終わって少し悩むけど、「あのオッサン本当はリベートもらってたの隠しててバレただけじゃねえか?」て私は思ったさ。そうすると別れた妻が医師の夫か愛人かよく判らない子供を孕んでいるのに気がつくシーンも納得できるしね。恐怖分子(インフルエンサー)はスピンしながら拡散するのさ。