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民俗学(フォークロア)の女 ② 「この世界の片隅に」のすず(本名は能年玲奈さん)

 

この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック

この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック

 

 公開初日に観たぜ!!だから書くぜ!

 「君の名は」。はて、どんなカテゴリーの名前にしようかなあ?と考えて何故か「フォークロア」という単語が浮かんだのと、日を置かず「神聖なる一族24人の娘たち」とい露映画が実に好対照でなお且つ可笑しかったのでそれとまとめればいいかなあ・・・と思ってた矢先にこの映画観ました。ネットで大評判なのは良いのですが、絶賛、感動、だけど物足りない・・・等どんどん映画評がぐちゃぐちゃしてまいりまして、おい!何でもかんでも一本の映画で済まそうとするなあ~(怒)て読んでるこちらがこちらが滅入ってくるくらいでやんなっちゃった。(まあSNSのタイムラインなんかしょっちゅう観なきゃいいだけですが)なんで私しゃこの際よくできた「民話の味わい」だと思って観ろや! とあえて提言させていただきたい。(まあプロの民俗学者さんがこの映画をよくできた妖怪映画と評するコラムもネットでは既に載っているようですが)のんちゃん(て云わなきゃいけないので)の語りがまた独特で「その年齢でポスト市原悦子に迫るのかい?」ぐらいにはハマっています。

もうひとつの「ドラマ」は広島と呉の街

 映画をご覧になった方々は皆オンナの人生とか、戦中の人びとを描いた群像劇・・・とかいろいろ「まとめて」おっしゃいます。ただ主人公すずの中にどうしても存在する漠然とした「罪の意識」というやつが原作漫画の段階で強く底に流れていると推測できる為、あまり人間関係に重きを置いて映画の構成を考えるのは無理があるような気がしてなりません。すずは広島市内の海辺の集落に生まれ育ち、何故か呉の軍需工場に勤める青年に見初められて18でお嫁に行く。嫁ぎ先は家の段々畑から呉の湾内を一望できる山の上にある村で、なんだか解からないけど生活に慣れようと必死に頑張るのでした。映画冒頭はすずの少女時代のエピソードから「昔からぼーっとしたコで・・・」ていうヒロインのモノローグで始まります。この出だしが私なんかは非常に秀逸で、あとから続く物語も非常に入って行きやすかったのですが、とにかくリアリティ重視の観客からすると掘り下げ不足と感じるヒトもいるのでしょうか。少女時代に遭遇する「すずが出会う不思議な子供たち」が既にすずの人生における光と影の存在なんだと納得して私なんか済んじゃうけどね。

呉の街を生きていく「すずの動線」にこそ注目しよう

 すごいのは実際の呉市の出身で他県に出たシニアの方々が「映画を観て自分の故郷に始めて誇りが持てるようになった」だの「私は昔呉に住んでいてホントにあの映画の通りだった」だのの発言がでてきたというエピソードです。それだけ映画ではヨソから嫁いできたすずの目線から呉市のパノラマ」が形成されているからでしょう。映画全篇を通してすずが婚家から見下ろす呉の港や、呉の街をさまよい歩き遊女のリンと出会う花街や闇の市などを観客は一緒に体験することになります。まあおそらくそう仮定した方が、原作から何を省略したかの議論が多少すっきりはするでしょうし(笑)。一部の原作ファンは遊郭のエピソードを主に削ったのに不満の声もあるようですが、そこは監督の「戦略勝ち」でもあるので仕方がありません。(ちなみに映画だけ観る私は当初違和感を覚えなかった)それだけキャラクターの「アクション」は話を転がすのに重要だということ、映像だからね。観客は呉の街を縦横するすずの動線によって戦時中の風俗やキャラクターたちの心理も追いかけていく構成なので、遊郭はあくまも「寄り道のエアスポット」のように描かれており結果として原作からは最も改変されている部分なのかもしれません。でも当時の年若い主婦が同い年だからって遊女たちと接点を持つというのもなかなか有り得ないことでして、原作漫画にエピソードを入れ込むのも実はわりと難儀したのかな・・・ぐらいに想像してみた方が良いかも。まあ私個人としては、すずの夫周作が「無理して遠い処に嫁いできて」とかやたらに発言する(もっとも原作からそうなのかもしれませんが)のに少しだけしらけましてぇ(笑)、この時代一旦嫁いでも厭なら実家帰るの普通だってもっとはっきり表現するシーンがあればいいのにかったるいいなあぁぁぁ・・・と感じるところは若干ありましたあ。(映画ではすずと周作夫婦のエピソードが追加されてるらしいのを聞き及んだこともあり)男目線だとそんなことばっか気になるのかね。

公開前から抱いていた漠然とした不安が最後の「スタッフロール」でやっと解消♡

 正直映画予告編から「ほろっ」とはきていたものの、なんとなく鑑賞をためらう気持ちがあり、そしてまた公開直前のタイミングでネット上では「アニメーター人員確保できずに秋放送の数本アニメシリーズ製作断念」などの話題が持ちきりなるとか・・・もう「この世界の片隅に」を褒めれば褒める程悲しくて悲しくてとてもやりきれない気持ちにしかならなかったらどうしようぅ・・・という不安がずーっと映画を観ている最中も消えなかったのでした。ぶっちゃけ「不安」ゆえに勢いで息子を誘い、近所のシネコンへ行ったらたまたま公開初日だったというわけです。劇場内は中学生の息子を除きほぼシニア層ばかりで、「君の名」では感情移入の激しさからグニャグニャのへたれだったのに意外とピンシャンしていて(しかし映画鑑賞後は緊張がほどけてぐったりしていた)とにかくほっと一息つきました。スタッフロールではアニメーターの数がぐっと減っているのを確認し(かつてのジブリアニメと比べたら四文の一もいなさそう)いよいよ寂しくなるかと思った瞬間、例のクラウドファンディングの参加者名がダダーと表示が始まりましてかなり嬉しくなりました。今でも日本のアニメのスタッフに外国人名が出てくると少し気分を害する手合いがいるかどうかは解かりませんがクラウドファンディングに外国人名を見つけるとこっちまで勇気が湧いてきます。そういや世間ではもう21世紀なわけだし、蓄積してきたノウハウを結集して作り上げた〇〇のほにゃらら撮影所最後の傑作〇代劇映画!・・・に似た文脈で「この世界の片隅に」を後々紹介しなくても良いのかもしれない、少しだけ安心した瞬間でした。