フォークロア(民俗学)の女 ① 「君の名は」の宮水三葉(上白石萌音)

 

 想像していたのと違ってたからさ

 春先から「シン・ゴジラ」とコミで予告編がバンバン流れていて、それで公開前から新海誠の名をよく知らないヤングの間でも期待が高まったことが現在の大ヒットをけん引する理由のひとつにはなったと思う。とにかくうちの息子ときたら中二病まっさかりのお年頃だからさ連れてけって煩かったのよ・・・で感想としては恋愛ものとしてよりもディザスターもしくはスクラップ&ビルド映画としての面白さの方により感心した次第です。新海誠という名前は知る人ぞ知るという印象だったのですが、一見してかなりダイレクトに自伝的(と言っても心理的な意味ですが)要素が盛り込まれているのではっ、という気がしてならず、監督郷里の長野でも話題で持ちきりとか舞台になった岐阜のあたりでにわかに観光客が増すなどと言った話題を目にする度に「この監督さん年末に実家に帰省する時いろいろ困ったりしないといいけど」・・・ついお節介な心配をしたくなるような内容でありましたのさ。

ねつ造される記憶

 今や観てない人でも知っている「ワタシタチイレカワッテイル~~」な設定を「互いに相手の経験を勝手にねつ造している」と言い換えてみてもいいかもしれません。主人公二人である立花瀧神木隆之介)と宮水三葉上白石萌音)が前半互いに入れ替わるのですが、東京にいる瀧よりも山深い岐阜の田舎町で暮らす三葉の生活の方が圧倒的なリアリティで迫ってくるのを感じる観客の反応は日本だけではなくこれから公開される韓国や英国の観客にも同様に持たされるのではないかと予想されます。それだけ三葉を取り巻く周囲の設定は綿密に計算されているのがポイントと言えましょう。三葉は代々続く神社の家の娘で古くから伝わる地元の行事として妹とともに神楽の舞なんか踊ってみせたりするのですが、もうモロ近代神楽(明治以降に作られてる)の「浦安の舞」そのものですからねあんなの。他にも「口かみ酒」なんて小道具も登場して一部ネットでブーイングが出たりしましたけど、おそらく確信犯的に強調してます。それだけ三葉の日常そのものが様々な「ねつ造」に満ち溢れているのですよ。もはや合理性や有効性を失っているのにも関わらず生活者たちが拘るルーティーンを風刺するのにもデフォルメ表現に長けたアニメこそ有効ということでしょうか。あちら(US)ではズートピア MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]なんてのもありましたがこちら(JPN)はこちらでいろいろこんがらがった事情があるものなのさあ。

継承されるもの要らないもの

 また宮水神社ときたら、一家の秘伝としての「組紐」なんて技術を持っておりそれを絶やさず後世に残さなきゃいけないってんで三葉の姉妹は祖母ちゃん(市原悦子)から日々薫陶を受け、文句も言わずに学んでいる。お母さんは亡くなっていてお父さんは地元糸寄の町長なのに家は出てってしまったという具合。「このままゆっくりと没落していきそうな母系家族」であるのだよ。糸寄町に伝わる古くからの風習にはきちんと意味があり守らなければならないのだけどそれを伝える古文書がある日火事ですべて焼失してしまったので口伝にして代々引き継がれるということになり、おかげで祖母ちゃんはそりゃもう煩い。祖母ちゃんの話や(唐突なまでに深刻な感触を受ける)三葉の家族の過去のエピソードが案外重要になっているのもぜひ見逃さないでね。三葉の父がいきなりブチ切れて反逆するくだりが「はあぁぁぁ・・?」という感じになる方(特に若い女性)が多いかもしれませんが、実は「突然マスオさんがぐれて暴れて家族崩壊」ってケースが地方の家ではよく聞く話なんですよお、意外と。三葉の境遇の閉塞感はすぐに共有できても三葉父の抱える葛藤にはとんと想像がつきそうにもないですが、瀧がむさぼるように読む「糸寄町の事件」に関する記事の中に三葉の父のプロフィールが紹介されているのですけど「民俗学者から政治家に転身」って記述があってなんかエライ怖かったですぅ。地方って郷土史家とか多いでしょう?ホント多いんですよ土地の歴史とか風習について突っ込んで研究するのが趣味の人・・・そうしてその手の探究についてどっぷりハマるタイプって、それだけ愛憎の感情に引き裂かれているタイプってことなので。こと「伝承」だの「歴史や伝統」について土地の人間が何かしらねつ造を施すことについての怒りが凄いんだわって思いました。だから三葉の髪が宮水家に伝わる組紐で結ばれているのはこの映画ではとても大事なことを象徴するアイテムだろうと思うのですが、それがまた一部で「あんな布ヒモで女子高生が髪を結うなんてリアリティゼロじゃあ!嘘っぽいもいいとこ」と騒がれたのがなんとも皮肉。

「擦れ違う二人」がどうして四谷駅なのか?と感動のラストの場所のモデルはどこだよ

 現在(2016年11月)も劇場公開中につき、これでもネタバレせぬように精一杯頑張って書いてますが(笑)、三葉と瀧の入れ替わりがあることで急に終わりを告げ、今までどちらかと言えば脇に置かれていた瀧の方の内面が映画後半から大きく変貌を遂げていきます。そうして三葉と瀧の時空を超えた苦闘と冒険が展開されるのですね。アニメって長時間観るのが結構つらいのは「ボーっとしていると目の前で何が起きているのか理解できなくなる」ぐらいユーザーに集中力を要求するからなんです、だってデフォルメ(絵)しか存在しないわけですから。なので二人の苦闘はまるで針に糸を通すようなしんどさを感じる。もうそのくだりが終わった後にぐったりしてしまって、ラスト近くの滝が抱えてる喪失感を表現するシーンはもうどうでもいいやあ~ってちょっと思うぐらい。瀧は夢の中で出会う三葉より現実のバイトで出会う年上の美人奥寺ミキ長澤まさみ)に恋をしないの何故なんだそっちでいいじゃんか、といぶかる意見のオッサンもいたりしますので、よほど後半部分は観ていてつらかったのではという気がしてくるね。

 そんでも元気いっぱいのヤングは最後の最後にマジでほっとするし、大人になって成長した瀧の姿に共感するんだね。ただどうしてあそこまで成人した瀧は暗くなって、あそこまでお互い感涙の涙まで流すのかは不思議だったの、御免ねオバサンだから(笑)あとJR四谷駅が詳細に登場するのですが、そうか四谷ってそんなにドラマチックに似合う駅だったのかあ・・・とは感心しました。かの名曲竹内まりやの「駅」の歌詞の情景に当てはまりそうっちゃそうかも。で、感動のラストの場面も都内のどっかがモデルだと思われるのですが、都内にはああいう場所あっちこっちでありそうではあるものの、四谷の周辺にはあまりないような気がするのは私だけ?なんか隅田川や荒川、多摩川等の一級河川が近くにある所っぽかったです。まあ「君の名は」大ファンたちである皆さん方は異論大ありでしょうから、楽しく予想しあってみては。