BL版 ドキュメント野郎!! ① 「アクト・オブ・キリング」

 

 今やドキュメントは娯楽映画ジャンルとしてもメジャー

 ・・・ですよね。世界的な傾向だけど特に日本の映画市場でみた場合ミニシアター復活の起爆剤になっているカンジ。そんで今時の映画ファンがどうやらドキュメント映画に求めているのは、「漢、男、お・と・こ」の生き様見届けたい!!という衝動のようです。「オンナの現実(リアル)」を見届けたい需要も多少細々はあるようですがそっちの方面は低調。日本のドキュメント映画は1960~70年代にかけてはむしろ圧倒的に女性の役割が大きかったのですが随分と様変わりしました。それはそれで日本社会の構造変化ということで、なんか凄いデカいことのような気もしますが具体的にはよく解かりません。なにせ私自身そんなにドキュメントもの詳しくない(-_-;)・・・なんで地道に「野郎の背中」を追い続けたいと思います。

 

これ観に行った時「混んでたのぉ」通路に座布団しいていた観客も

 イメージフォーラムの興行はゴールデンウィークが最後、だったと思います。3日にちょうど時間ができたので一人で観に行ったのですが整理券渡された。最初観ようとした一回目には人数一杯で入れなかったもん。どうしてここまで盛り上がったのかイマイチ不思議でした。お前も観に行ったじゃん、と言われましょうが受けるドキュメントの「ツボ」があんまりピンとこないものですから。口コミで・・・というなら確かに映画の内容的にいっても納得はできるのですが、そうするとここまでの「伝播力」は一体どこから来るのかということですね。衝撃的だったり扇情的な題材や「仕掛け方」のドキュメントならそれ以前にもあったし、この「アクト・オブ・キリング」のヒット以降さらに増えたんですが、じわじわ・・じゃなくて電光石火のように観に行くヒトが増えたという印象でしたわ。

 

ACT(虐殺行為をしたご当人)による再現ACT(演技)、その暴走っぷり

 最初にジャカルタに住む「若い頃悪してた」という割には実直そうな爺さん(アンワル・シンク)とやたら明るいけど胡散臭い中年のおっさん(ヘルマン・コト)が登場し、アンワル爺さんが1965年から行った「9月30日の大量虐殺」について屈託なく語るところから始まります。アンワル爺さんのやったことは地元では一種の英雄行為とされていて住民を片っ端から捕まえ、「共産党員」にされた人々を次々処刑していったのにも罪の意識は全くない様子。どんな風にやったんですか?と聞かれ当時殺害現場だったある建物の屋上で「こんなカンジでクビを切ったかなあ・・」とやって見せようとするのですがなんか要領を得ない。どうだったけなあ・・・とアンワル爺さん遠い目をし始めるんで、住民の尋問とか何から始めから再現しませんかお芝居でってハナシになってしまうのですね。確かに監督自身の提案だったとは思いますが、アンワルの傍にくっついているヘルマンはアマチュア劇団もやってたギャング(笑)なので、張り切っちゃっていろいろ用意してどんどん大がかりになっていくのでした。監督が取材当事者にやらせてみる、ドキュメンタリーなのに「やらせ」だということでGOOGLE検索でそれが特別にピックアップされているという(笑)私なんか「え、あのドキュメンタリーにまだ知らないことあったっけ?」と一瞬不安になり、検索に乗ってみたら通常の紹介でそれに驚きました。確かにやらせドキュメンタリーって聞くだけでインドネシア現代史に対する興味なんか吹っ飛んでしまった上で、喰いついちゃうよね。

キャラ「立って」ます皆さん・・・笑っちゃうし、「茫然」

 ヘルマンのおっさんが仕切るもんだから住民まで巻き込んで60年代当時の共産党員が自分の家から連れ出される件を近所の人達が協力してお芝居始めちゃうとか、自分の継父を殺された遺族のおっさんまで出演、そして尋問されるシーンに出演って・・・一体何考えてんのさってカンジです。いやああの頃は物騒だからいろいろあっても仕方ないよね~みたいな雰囲気です。パチチェラというインドネシアのギャング団が地域に根を張って仕切っているので、あんまり皆怒らない。ついでに言うと1965年にスハルト体制が崩壊したのはスハルト社会主義寄りの政治に走って経済が沈滞化し、インドネシア経済で力を持っていた華人住民には風当りが強かったのですが、クーデター後共産党員として粛清されたのは主に小さい商売をしていた華人という滅茶苦茶ぶり。この辺がまるで昔の「喜劇駅前」シリーズみたいなノリでドタバタちっくに展開されるので唖然としてしまい、そのうち一つの村がそのまま無くなるほどの虐殺シーンが例のパチチェラ青年団まで動員されて再現されるやさすがに気分が悪くなってきます。「俺が当時虐殺に加わってたら絶対村の処女とヤる」等のセリフには心底ムカつく。お前らどこまで過去を肯定する気だよ! でもそんな呑気に過去を振り返ることができるのは決して当事者ではないからなのにね。それはアンワルとともに尋問、虐殺を行ったアディ・ズルカドリやアンワルたちに指示してその手柄で出世したイブラヒム・シンクが登場するとだんだん観客にも伝わってくるのですが。

記憶を抹消させた元は気のいいアンちゃんと時間をかけて自己合理化したオッサン

 アンワル爺さんは昔の仲間だったズルカドリに協力を頼み再現しようとするのですがどうやって尋問したのか分からなくなって混乱するアンワルに「あの頃は事情はこうだったじゃないかと考えてみろ」とアドバイスします。アンワルは最初は自分の過去に虐殺した人間は罪ある共産党員と言い張っていたんですが、実際尋問の芝居が始まるとなんか俺酷いことしてないか今?と気が付きだす。そりゃアメリカ映画に憧れてギャングのスーツを着て街を闊歩していた若い頃と比べて今は二人の孫を猫かわいがりする爺さんだもの。そこでようやく自分がやったコトの意味を正確に理解したんだね。ズルカドリは尋問シーンの撮影でも終始冷静に的確にアドバイスするのがホント凄い。罪の意識の有無は超越した所でアンワルが強いショックに見舞われないように必死に撮影チームをコントロールしようとするの。政情が不安だったり皆まだまだ貧しい途上国での「賢明な市民の理性」ってそんな具合に発揮されるのかもしれない。ズルカドリは当時から自分のやっていたコトをあまりにも正確に理解していたから虐殺事件後は故郷からも離れた。そして家族と一緒にショッピングモールで買い物しながら、こんな豊かさを享受する前段階にはああいう事件が必要だったんだと相対化しているんだね。だからズルカドリは今現在だけを目にしながら過去の虐殺のコトばっかり考え続ける人生になった。ずっとそのことだけを考えていた彼の言葉はアンワルには重くて、ようやく尋問シーンを完成させる。捕まえた一般市民を尋問して処刑を決めたシンクの役をアンワルが演じる時の時の表情もまた凄いもんだったわ、劇的なんて軽く言えないくらいよ。

とにかく一番怖いのはえずいている爺さんの背中ぁ、に、呻き声ぇ・・・

尋問シーンを撮り終えたアンワル爺さんは再び自分が市民たちを処刑した例の屋上に再び出かかてもう一度、殺した仔細をはっきり思い出し再現します。監督が指示した以上にアンワル爺さん自身が振り返って確かめたい衝動につかれているのがはっきりわかるのさ。傍から見ると最初と最後の爺さんの振る舞いに物凄い差があるわけじゃないけど虚空を見つめて過去の記憶がよみがえる爺さんの背中に、どっ・・どうするんだよ爺さんて緊張が走りますが、案の定というか身をかがめて爺さんはえずきだす。思わず「ごく普通だっ」て思ったのですが、とにかく爺さんえずいてもなんにも出てきやしない。ただカラカラの呻き声が響くだけ、それがひたすら不気味。そして映画が終わり・・ああ、やっと終わったって観客の私らもどっと疲れたよ。どうするんだろう?と観終わって悩んじゃうしね~一部の報道にあるように虐殺された遺族や外国の人権団体では事件を掘り起こして罪を問えという声もあるみたいですが。一体何をどうすればインドネシアのあの人達皆が納得する算段になるのか見当もつかないぜ。この映画の後、同じ監督で続編も製作されたようなのですがまだ観ていません。多少とも建設的な「過去の収め方」ってあり得るんですかねぇ、この虐殺の場合。