BL版 ゲイでいいとも!?③ 「剣」

 

剣 [DVD]

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  とにかく超内気(スーパーシャイネス)な男の子たちの映画

 二十代の頃「アメ横御徒町方面へ行けばいくほど化粧品が安くなるよ」と資生堂の美容部員のお姐さんに教えられて、方向音痴の私はバカの一つ覚えのように御徒町方向へ歩くといつの間にか「紳士の玩具」を販売している商店エリアに迷いこんじゃうことが数回ありました。そこの一角にあったのが、薔薇族映画っていうのを興行してた映画館。もちろんポスターは無く文字だけのタイトル&コピーだったのですが、「とにかくこの手の人達って砂浜とか海原とか熱き血潮とか太陽とかが好きらしい」って感じたのを覚えてます。「ハッテン場」って何? お転婆さんみたいな語感がするわぁとかヘンに感心しちゃった。コレ原作小説が三島由紀夫だわ、海や汗だく青年たちのふんどし姿などもふんだんに登場するので、モロに「薔薇族映画」のお手本ともいえる古典的名作として組合関係の人びとにはきっとお馴染みなのでしょう。もっとも一部の人びとが云うほど当時の製作サイドが「薔薇族」系の観客を意識したわけはなく、政治運動やトレンディな軟派不良学生とはまた違った若者だっているはずだっ・・・そういう青年の悩みって何? という興味で作られているようです。最近日本映画でも流行の「部活動映画」としても充分鑑賞できるしね。

 

 ただ、今はボクにとって超気持ちイイことだけを追求したいだけなのさ

 主人公国分次郎(市川雷蔵)は物凄い一種の「快楽主義者」。大学の剣道部の主将なのですが 日々の生活は剣道一辺倒、女性にもギャンブルに代表されるような娯楽にも勉学にさえも興味なし。彼の当面の目標は自分が率いる剣道部が大学の全国大会で優勝することだけで、物語序盤に先輩たちから次期剣道部主将を依頼されてもひたすら謙虚で、主将初日の挨拶でも「俺のやり方に付いてきてくれ、付いてこれないやつは・・・付いてこれなくてもイイ。」ってなんだか気弱なんだか冷静なんだかよく判んない態度なの。剣道の実力では伯仲しているのに日頃の生活態度が隙だらけで、それが剣にも表れちゃうと監督や先輩たちに言われちゃう同級生部員の賀川(川津祐介)は国分に負けて悔しくってしょうがないのに、国分自身はそれに気が付いてるんだかも不明、いっつも防具の下では「ウフフッ」って微笑だけが見えるの、気持ち悪いくらいのマイペースです。で、そんな国分にぞっこん惚れ込んでいる一年生で壬生(長谷川明男)という子もいる、彼の方は国分にいつもべったり。・・・典型的ボーイズ・ラブ物の設定みたいですが、映画観ているとそんなBL萌えの女子向けではない何だかとっつき難い雰囲気を感じます。だって登場する剣道青年たち皆一様に「透明感」が有りすぎるのんだもん、よく観りゃ結構不細工な子もいるのに。壬生役の長谷川明男なんかどう見てもいいとこ二枚目半(少なくとも現代基準じゃね)だけどこの映画観た当時の人びとからは長谷川サン自身の好演もあって可愛いイケメン評価になっちゃってるのさ。賀川役の川津祐介も本来もっとあくどさが出ても良い役柄なのになんだかナイーブ青年というか、合宿のシーンではやんちゃなお子様みたいな表情をしている時がありました。国分次郎くんという子は小学生の頃から太陽に向かって「俺はあの太陽みたいになりたい、いや絶対なる」とかなんとか訳の分かんないことを自分に誓う、そしてそのまんま成人しちゃったという実にシャイ&クレイジーなお方、そして「自分にとって気持ちイイことに不純な物が混じっているはずなどないよっ!」という強烈なまでに「お子様」の部分(脚本家の解釈ではどうもそうなっているらしい)を持っている・・・なので賀川さんにしろ壬生くんにしろ、そこまで彼(国分)に対してムキにならない方が・・・て女の目には映るんですが、男の子という人種は「俺今が一番楽しい、超気持ちいい~」と笑って喜んでいる子を見るや「なんか彼ってカッコいいかも」「俺だって気持ちいいことしてたはずなのに、なんかアイツに負けたような気がする・・・ムカつく」という反応に何故だか分かれるようです。だからいい歳こいた男と男の意地の張り合いの物語がどんどん子供っぽくなっていくのでありました。こうゆうのにBL女子は激しく萌えたりするのかな?・・・中にはひいちゃう娘もいると思うのだけど。

 

 他人の「セックス」は詮索したいものなのさ

 三島由紀夫の原作では夏休みの剣道部の合宿こそがメインの物語になっていて、8日間の猛烈なしごきの果てに麻薬のような快楽に浸りきる剣道部員たちの過程と「快楽」を巡って国分と賀川のやり方どっちが正しいかという対決の行方がキモになっているようですが、雑誌に掲載された短編ではそれで良くても・・・というわけで原作には登場しない美人女子学生の伊丹真理(藤由紀子)というヒロインもそれなりに活躍します。賀川は国分に惚れた真里を利用して国分に「女を知ってもらおう」と画策するのさ、だって彼は国分があまりにも禁欲的で「いまだ童貞」なのが気に入らないのよ。本当の意味で女に振り回されるようになれば自分と対等の条件になるし、そこで勝負した勝ち負けこそで真の実力が証明されることになるじゃんと思ってる。部活の風呂場シーンでも「ひょっとしてコイツ、アッチ(男色)の趣味があったりするのかな?」と疑った賀川が国分をちらちら観察してたりする芝居があったりするし(笑)、一歩間違うとギャグですがこの映画ではひたすら心理的な駆け引きとしてシャープに描くんだよ。三隅研次+市川雷蔵コンビはどうしてもシリアスになっちゃうからね~で、そんな三隅映画なので後半のクライマックスにあたる超過酷な合宿部分では部員達に与えられるのしごきメニューをまるで一緒に疑似体験させられるように繰り出してくる。炎天下の中、腕立て伏せずっとさせられて砂地の地面のアップが「動く」ショットが挟まれるのが怖ーい。二日目練習の途中で一年生がふらふらになり、三日目は食事もできないくらいに疲労のピークに達するので無理に食べると吐いちゃうなんてエピソードを愚直に重ねるのさ。合宿所は伊豆の海を目の前にした禅寺で、主将の次郎君いわく「剣道の練習で身体が温まっているところへ海に入って泳いだら身体が一気に冷えて疲れすぎてしまうので水泳禁止」だってさぁ。合宿前には監督(河野秋成)に「もうちょっとレクレーションの部分も予定に入れなさい」とアドバイスされてるのに「暑気払いに水泳」という快楽を寸止めしてまで剣道で身体を苛め抜くのが「気持ちいいんです。」と次郎君はちょっと恥ずかしそうに告白する。そんな雷蔵様の御姿は清々しく凛々しいですが、完全に変態ちっくです。修行に打ち込んで宗教的快楽に身をゆだねる御坊様みたいなものでしょう。

 

 次郎君のような男の子の扱いって?

 21世紀に入った現在、この映画のラストでの次郎君の行動をどう解釈するのでしょうかね。いじめた相手を告発した上で自殺しちゃう中学生男子なんかとある意味共通点が出てくるかもしれません。映画では次郎君が頑なに子供から大人へ変わるのを拒んだ末の自殺として解釈されてるようです。次郎君の育った家庭は父母の仲が悪く、母(角梨枝子)は父が愛人を作ったのに怒ったのかそれとも冷淡なのか、麻雀に狂っている姿もどちらかというと負けず嫌い過ぎる性格で男を男とも思わず、主婦の仕事も家人の世話をも放棄している女性として表現されています。家庭に男女のエロスが無いものだから子供の快楽から大人の快楽へと興味が移ることに対して嫌悪感しか感じないとかね。「剣」は三島由紀夫の短編としても代表作として発表当時から評価高かったらしいのですが、雑誌掲載から5か月でスピード公開された映画のおかげかもしれません。三島は当時同性愛傾向を建前としては全面否定の一方、積極的に関わってた当時の芸能の業界内では性癖が広く伝わっていましたから映画よくよく観ると「どうやったらこんな人間が出来上がるの?」という三島由紀夫自身への分析に関する映画にも思えてしまいます。この後市川雷蔵も亡くなり、三島自ら映画に主演したり撮ったりもしたのですが、まるで「剣」だの「憂国」だの主人公になぞらえたかのような割腹自殺を遂げ、自殺前にアジった自衛官達には「剣」での剣道部部員達以上にシカト(無視)されてしまい、ちょっとだけ映画よりカッコ悪くなってしまいました、残念。