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しょくぎょうふじん ① 「9時から5時までの」 ジェーン・フォンダ

1980年度の全米興行収入堂々第2位のヒット作

 ・・・だそうだ、何でこれが?って観た後に呆れるヒトが続出しそうだけど。しかもカルト映画「ハロルドとモード」の脚本や日本の映画ファンにも根強く支持されているファール・プレイ [DVD]の監督コリン・ビギンズの最大のヒット作だと聞くとますます日本人には訳が分からなくなりそう。でもよくよく目をこらすと後に日本でもヒットしたワーキング・ガール [DVD]のOPはバリバリにこの「9時から5時まで」を意識したシーンになっているし、この映画のすぐ後に大ヒットしたトッツィー [DVD]ダスティン・ホフマンの女装キャラはヒロイン役ジェーン・フォンダの演技を相当パクってたってのはとりあえずワタクシにも理解できました。とにかく米国人にとってはある種エポック・メイキングな存在の喜劇映画として受けて止められているってことなんでしょうか? 当時うっすら覚えているのは「ジェーン・フォンダちっとも主役じゃないじゃん」みたいな添え物の役柄だったのがイマイチ日本でのヒットに繋がらなかったような気がします。だいたい当時の日本では「9to5」って歌はシーナ・イーストンの方が有名で、豊胸&整形の美魔女ドリー・パートンのヤツはあんま知られていない。ついでにオリビアニュートンジョンの「じょりーん♪」やホイットニ・ヒューストンの「あいおぉるうぇいずらあぁぶゆー♪」も元はドリー・パートンのオリジナルだってのを今回初めて知ったよ。

 ずっと日本映画の王道ジャンルとしてあったサラリーマン映画、マイナーなジャンルとしてののハリウッド製「オフィス物」映画

 つい最近まで「釣りバカ」シリーズが公開されてきた日本人の私からするとアメリカでも同様にサラリーマン物が映画でもTVドラマ出も溢れているはずだっ、とこの間まで信じていたのですが、そういやよく考えてみたら意外に少ないじゃんということに気が付いた。アパートの鍵貸します [Blu-ray]にしろ奥さまは魔女 1stシーズン セット1 [DVD]にしろ「お勤め人の悲哀や家庭の悲喜こもごもを描いたハートフルなドラマ」な方面ばっかり見ているのはじゃぱにーず・ぴーぷるだけだったのね〜。最近の米国TVシリーズで流行っている「オフィス」物も英国版がオリジナルだそうですし、最近のブリジット・ジョーンズの日記 [DVD]だって英国のOLさんが主人公だったわさ。医療、法律、教育、公共・・・お堅い職業の人びとがドタバタやってるドラマに集中してきているのが日本の映画・ドラマでも顕著ですが、米国の方がその傾向もっと激しいですよね。その理由について、セクハラや公平じゃない人事がうるさい米国企業ではオフィス・ラブほぼ全面禁止(に近い)状態らしいし、そんな状況の職場を舞台にしたドラマじゃ展開やりようがないもんねぇ、ぐらいには考えてました。でも「9時から5時まで」に出てくる年増OL三人組(ジェーン・フォンダ、リリー・トムソン、ドリー・パートン)が上司の愚痴を酒と大麻煙草お供にしながらお互いぶちまけあっている姿はとってもオッサンちっく、副社長ハート(ダグニー・コクマン)のセクハラに悩む秘書のドラリー(ドリー・パートン)が夢想する復讐というのもそれじゃあМっ気のあるオッサンは却って喜ぶだけなのでは、て心配になるような内容だし。・・・大の男が企業の上司に向かって恨みつらみをひそかに晴らすなどとゆー映画は多くの米国人男性にとってイタすぎる(だって自分はもはや恨みを持たれている管理職の立場だもんのヒトもいるから)、ちょっと可愛げのあるオバサン達が代わりに演ってくんないかなぁということだったんでしょうか!

 リリー・トムソンの半被姿

ヴァイオレット(リリー・トムソン)は勤続12年目のベテラン、新入社員はハートにしろ離婚して産まれて初めて働きに出たジュディ(ジェーン・フォンダ)にしろ皆彼女から仕事を教わる。それなのに女性というだけで後から入ってきた男性社員に昇進は抜かされてばかり、「男の方が家族を支えて働いているからだ」と言い訳でごまかされてちゃう、彼女だって4人の子供を自分の母親に預けて必死に稼いでいるシングル・マザーなのにさ。リリー・トムソンは自分の机の上ではバリバリ働いているときには何故か日本の宿屋か酒屋かい? な半被を着ていてそこで電話をかけまくっている姿はまるで「大店の番頭はん」みたいに見えるのだ。そこへハートが「コーヒー持ってきてくれ、人口甘味料入りで」とやたら命令してくる。そこでしぶしぶ忙しい合間にコーヒーを入れて持っていくのだけど、その時は何故か半被は脱ぐのだっ。個人的にはこのシーンの繰り返しが映画の演出では一番秀逸なトコだと思います。一体「半被」なんて小道具はどっから出てきたアイデアなのかは不明ですが、業務については実権を握っているのに裁量権が無い優秀な平社員が上級管理職にその立場を再確認させられている一種の嫌がらせ状態をこれほど的確に表現したものはない。ついでに80年代に入ると日本企業の攻勢が全米中の大きな話題になっておりまして映画やTVドラマでも「日本ぽい東洋テイスト」が流行りになるのですが、当時の日本人にとってはそれがダサくて「あいつら(アメリカ人)の考える俺らのイメージなんて偏見だらけじゃねぇか」と皆で怒ったもんです。しかしリリー・トムソンの半被姿の芝居を観る限り個人的にはジャパンビジネスにおける核心の部分についちゃ意外とよく理解できてたんだな、て思いました。ハートとヴァイオレットのやりとりなんて彼らを道楽者で無責任な上方アキンドの大旦那としっかり者の番頭だと仮定するとホントまんまですからね。

 ジェーン・フォンダの真価とはっ

 ジェーン・フォンダ扮する一切外で働いてこなかった元専業主婦のジュディという役は本当に最初から最後まで大したこともせずに、何となーく二人の女傑にくっついているだけで終わります。そして彼女にとってのドラマといえば秘書と浮気して自分を捨てた夫に向かって「二度と顔も見たくない」とはっきり言ってのける所があくまでもキモ。仕事においてのジュディの主張といったって「お給料が少なくてやっていけない」・・・その一点張りだもんね。従業員として自分の仕事はどれだけ会社の稼ぎに貢献しているのか常に考えていないと、どのタイミングで昇給や待遇改善を主張していいか分かんない、今の職場がブラック企業かどうかも判断できないよ。そのヘンがよく理解できないタイプの女性は結局家庭に居た方がシアワセ・・・ということを表現するために実は巧妙に計算されている役柄をジェーン・フォンダは楽しそうに演っているのさ。片やカントリーミュージック界のカリスマ女王で、マリリン・モンロー的なセクシーさを発揮したドリー・パートン(この後彼女はしばらく映画の仕事が忙しくなり音楽活動にも影響したぐらい)と40数年間ごしにパートナーとの同性婚を勝ち取った当代きっての実力派コメディエンヌの魅力を前面に押し出しているジェーン・フォンダのブリっ娘オバサンぶりをここでは鑑賞しましょう。それでなくとも大物の二世女優からおフランスに渡り、硬派の政治活動からシェイプアップの教祖になってぇ・・・と時代の変遷ごとにブレまくっているにも関わらず多くの女性たちにリスぺクトされる彼女の生き方に多少とも興味ある方は、この映画のラストのラスト、必見です。(笑)