ミセスな女 ⑥ 「殺したいほどアイ・ラブ・ユー」のトレーシー・ウルマン

 おそらく製作されたのが「5年程」早すぎたのかもっ

 「5年程早い?」ってのは、いかにも尖がった芸術映画の場合なんだよその中途半端な尺はっ(笑)という突っ込みが入りそうですけど、この映画のように実話をベースにしたベタなコメディでは結構惜しいんですよね。あと3年後に公開されてりゃスマッシュヒットで評価も上がったろうに・・・というわけで今だに賛否両論が分かれる作品であります。当時日本公開に至ったのはアイドルとして日本の若い娘に大人気だったリバー・フェニックスが出演していたおかげでしょう。内容がおバカなコメディなのに他にもウィリアム・ハートキアヌ・リーヴスが出ていてキャストが豪華なだけにブラックコメディ風なのになんかユル過ぎなのが批判の槍玉に上がっていたのを覚えています。ちなみにこの映画の6年後に公開されてヒット&オスカー(主演女優賞と脚本賞)を受賞したのがかのコーエン兄弟の代表作ファーゴ MGM90周年記念ニュー・デジタル・リマスター版 [Blu-ray]でありまして、「殺したいほど・・・」と設定とシチューエーションがかなり似ているわ、しかもどっちも実話がベースのブラックなコメディということで、両者比較すると「殺したいほど・・・」の方の部がますます悪くなりそう。まあ現在となってみればコトはそんな単純な比較じゃすまされない実態が明らかになっているけどね。ワタクシ個人的には「殺したいほど・・・」は決してそんなにツマラナイ映画ではないと思いますよ。

 殺してやりたいくらい、絶倫な旦那

 アメリカのとある田舎町に商売やり手で女性関係もヤリ○なピザ屋の主人ジョーイ(ケビン・クライン)がおりました。本人曰くバリバリの「イタリア系」なので妻を愛してはいるけれど、ヨソの女性と遊ぶのは止められない。奥さんにもバレないで上手にやってるもーん、配達がてらにちょこちょこっと浮気するだけだもーんと開き直って夫婦仲良く暮らしておりました。そんなジョーイを苦々しく思っているのがピザ屋のバイト青年ディーヴォリバー・フェニックス)、彼はジョーイの奥さんロザリー(トレイシー・ウルマン)に片思いをしていまして、彼女に「あなたの旦那は外で浮気している」としつこく告げ口します。ディーヴォの自分に対する気持ちに気が付いていることもあってあんまり夫の浮気疑惑を相手にしていなかったロザリーですが、ある日近所の図書館で夫が人妻と堂々と浮気している現場に遭遇してパニックになってしまいます・・・信じていたのに悔しくってしょうがないし、でも夫には直接問い詰めたりはできないのぉ、哀しすぎるから。家に帰って自分の母親ナージャ(ジョーン・プロウライト)に相談すると「そんなに怒っているならそんな旦那は殺しちまいな」とけしかけられちゃう。ナージャは移民一世(ちなみにこの映画ボスニア内戦のさなかに製作されていて彼女はセルビア出身という設定)なので米国というのは本当にケッタイな国なんだから何が起きたっておかしくないんだよ、観てみなさいこの記事を! と日々愛読している新聞をロザリーに突きだす。新聞っていうのはいわゆる米国の東スポを数倍おバカににしたような内容。こんなにおっかない殺人が巷には溢れていて、犯罪者が威張って英雄みたいに持ち上げられてる国なんだよアメリカってのは、だから女だてらに夫を復讐で殺すのもちゃんと市民の権利で認められているとでも言った感じ。そういや90年代って日本でも米国でも「トンデモ記事新聞」みたいなのが流行ってたを思い出します(当時のコンビ二にも海外トンデモ記事を集めた冊子とかよく売ってた)、でその手のトレンドも実は「殺したいほど・・・」の映画公開以降だったような気がする。犯罪にまつわるトンデモ話は今やネットやTVでもお手軽に観られ過ぎるようになった為か、内容のドギツサが薄くなっちゃったり逆にどす黒くなり過ぎちゃって対岸の火事として楽しく笑えなくなったけど。

 「ブラック」になれないわけ

 ま、先ほど挙げた冒頭シチュエーションは軽いくすぐりぐらいにしか笑えないヒトもいるでしょう。それにこの映画の真骨頂とはいくら殺しても死なないケビン・クラインの演技にあったりしますから。妻を中心にいよいよ殺人決行という夜にご機嫌に酔っぱらってるから自分の車が爆破されても当然気が付かないし、帰宅するや睡眠薬入りのスパゲッティをガンガン食うし、奥さんを中庭に連れて「ロマンチックな夜だからランデブーしない」と言い張って歌とか大声で謳うし。その間ディーヴォやキアヌ、ハートから三発腹に銃弾喰らってるのですが、ちょっとウトウトして眠くなってもハイテンションですぐに復活・・・。妻役のトレーシー・ウルマンは夫ケビンと比べると終始「地味めな普通の奥さん」という感想しかなかったのですが、よく考えてみたらかなり難しい役ですよね。バルコニーで酔っぱらいの自己中ロマンチック夫に付き合わなきゃいけないっていう状況が日常的にも面倒臭いし、しかも本来は死にかけていることを気にしなきゃならないのに夫は一向にそうはならないし、やっぱりヤダァ、こんな慣れないことするのっていう彼女のリアクションも本当はかなりヘンです。トレーシー・ウルマンは英国出身で元々はコメディー・ショーで有名になったそうな。実力派俳優のハイテンション演技に対してひたすらドメスティックに冷静に対応するのも本職でお笑いやってた余裕ということでしょうか。惜しむらくはここまでまとも過ぎる人妻に対して殺人をけしかける役のリバー・フェニックスがひたすら一本調子なことで、本人の演技どうこう以前に製作者側にディーヴォという青年こそがこの事件の闇の部分で狂気だという認識が無かったからはないでしょうか。でもただの純朴で間抜け正義感野郎にこんな事件は起こせません、人妻への片思い以上のなにか思い上がった野心があったからこそです。つい最近TVで「殺したいほど・・・」の事件のモデルになった夫婦に直接インタビューした番組を偶然観た時は映画がどこまで正確に事件通りに描いていたのかが確認できたわけではなかったのですが、殺し屋二人が絡んでいたのはどうも事実みたいだし、この奥さんがリバーの巧みなマインドコントロールの乗せられて夫を殺そうというくだりが少しでもあればもっとブラックで怖い映画になったはずです。が、事件のあった1980年や映画公開の1990年の時点ではそんなことを考える人間は米国でも日本でもいなかったろうしね。21世紀になった日本ではリバーの役柄みたいな青年はもっと凶悪になってたまに旦那さんがあっさり死んじゃう事件も起きてはいますけど。

 そういやこの手の映画を観ている時に限ってウチの夫は酔っぱらって帰宅した

 庭のバルコニーでケビン・クラインがランニング姿で騒いでいる場面でも、殆どそれと寸分たがわぬ姿の夫は私の横で管巻いてたし、この映画観ている時も酔ってて映画の内容よく知らないのに「なんか怖いから観るの止めようよ」とうるさかったのだ。しかし何故にそんなにまで勘がいいのさっ。という訳で、コーエン兄弟映画は第一作からこの手のシチュエーションを「ファーゴ」でも「バーバー」でも手を換え品を換えで繰り出してくるのでありました。なので「ファーゴ」冒頭の「実在の事件を元にした映画なんちゃら・・・」のクレジットは大嘘で話は完全オリジナルフィクションであるというのが現在バレています。

 そして「殺したいほど・・・」の実在夫婦の方なんですが、現在は70代で夫婦仲良く余生を謳歌中のようでした。インタビューを観ていて驚いたのが、実際のモデルご夫妻は二人とも小柄でお互いよく似ていて高校時代からの初恋成就カップル、どっちかっていうとケビン&トレイシーよりも以前ブログで取り上げた「拳銃魔」で散々やったリスっぽいカップルに近かった・・・。そういや②なんですけど、「拳銃魔」を取り上げて半年くらいたってから新聞のTV欄に「リスは性欲が強い?」というタイトルを見つけて、はぁ?と思ったことがあります。深夜番組のサブタイトルでおそらく偶然だとは思うんですが、自分で書いた内容にについて言い返されたような気分に陥りました。そして浮気の代償に殺されそうになったリスっぽい雰囲気の元絶倫爺さんはインタビュー中終始この時死ななかったバカの俺が恥ずかしいっという態度で奥さんにたしなめられているのがヘンでした、どうしてそんなことにテレるんだぃ! 現実はコーエン映画のようにブラックでもシャープでもないのが本当は一番ヤバいのかも。