ミセスな女 ② 「男はつらいよ 寅次郎 真実一路」 の大原麗子

男はつらいよ 寅次郎真実一路 HDリマスター版 [DVD]

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 やっぱ「戦後昭和を代表する美人妻」と言ったらこの女でしょ

 で、「戦後昭和の普通の主婦代表」といったら倍賞千恵子(そして永遠のシッカリ者の妹キャラ)てか。(笑)そして「男はつらいよ」シリーズの歴代ヒロインで鬼籍に入ったのは一作目の光本幸子と今回の大原麗子ぐらいじゃないだろうか? 「寅さん」のヒロイン演るような女優さんて皆なんだかすごく長生きしそうなイメージがあるんだもんね。シリーズの内容による役柄の多少の味付けはともかくとして、それでも決して「薄幸」な女性は登場しないのが寅さん映画。(薄幸な境遇に育った芸者役の松坂慶子なんか今や呑気な美人奥様の役が一番ドンぴしゃだし)なので、今回「真実一路」と「噂の寅次郎」の二本を鑑賞した時になんかちょっともの哀しいというかうすら寒ーい気分を抱いてしまったのだっ。・・・まず「真実一路」を最初に観た時から、なんか寅さんシリーズの中では異色作かなあと思ったんだよね(二十代の頃)、それまでは「寅さん」映画ってまったく興味が無くて小馬鹿にしていた頃だったんだけど、この作品は面白いかもて当時思った。そんで大原麗子なんて私の子供の頃からの大女優がこんなに早く亡くなるなどとも想像もしてなかったからさぁ、びっくりしちゃったというか何というか・・・。

昭和のサラリーマンが皆罹った「マイホーム症候群」のなれの果て

今回の寅さんはまず上野の酒場で富永(米倉斉加年)という証券マンにおごってもらったところから始まります。酔っぱらっているとはいえ、寅さんに対して何故そこまで?と言うほどの共感(シンパシー)を寄せる富永はどこか危なっかしくて、それが寅さん自身にも引っかかるのか、後日富永の勤務する職場にわざわざ逢いに行ったり、その後一緒に飲み過ぎて富永の自宅に泊めてもらう羽目に。そこでようやく富永の妻でヒロインのふじ子(大原麗子)に出会うのです。そこまでの流れが今までの寅さんシリーズと比べても若干異色というか、何か不穏な雰囲気。もちろん寅さんのお土産のバナナが証券会社内でどうなっていくとか、株取引を公営ギャンブルの一種と間違えてる寅さんとかそれなりのギャグはあるのですが、どこか洗練され過ぎてちゃってる感じです。そして富永はやっぱりというか・・・ある日何を思ったのか出社する途中で失踪してしまいます。で、そんでもって話の後半は寅さんがふじ子さんと一緒に富永の故郷鹿児島へ行方を捜しに行くと、まあこんな具合。かいつまんでストーリを話すと他愛もないですが、鹿児島にしろ、富永の住む茨木の郊外住宅地にしろ、もちろん都心のオフィス街にしろ、何だか妙に白々しい風景が続いていくのですよ。二十代の時に観た時には富永の通勤時間が如何に長大なのかとか、私自身身に染みて理解できましたから、どっか呑気な気分ではいられなかったのを覚えています。そして後半の鹿児島のくだりに至ってはもう「時代に取り残されて留守番役の年寄りだけがひっそりと暮らしている」ような古い由緒ある街並みの光景になんだかどよーんとしてしまいます。そりゃ秋の澄んだ青空の下、鹿児島の山も海もとってもキレイ。でもそんな静かな田園で寅さん、ふじ子さん、地元タクシーのおっちゃん(櫻井センリ)達があてもなくうろうろするばかりってのはねぇ・・・もし私が妻の立場だったらめげるトコだよ。でも大原麗子は違うんだな、そんな時こそ肩の力を抜いて結構満喫してたりすんの。・・・まあそういう奥さんこそ殿方には「有難い観音様のような奥方」に映るのでしょうが、私からみたら「ひょっとして何も考えていないのか? この女」って一瞬疑うかもね、それこそ現実の主婦感覚ってもんです。

 「イイ女」とは上手に嘘をつくものだから

 そーなの、昭和の時代の「イイ女」ってのはね、何事も全部正直に言っちゃう女はどんな容姿をしてても興ざめしちゃって最上級の美人とは言えないものだったのさ。女優さんで例えれば「出番に備えてオフの日は毎日2キロ泳いでいます」だとか「美容と健康とは何かと追及して結局無農薬農業にたどり着きました」なんてのはどっちかっていうと「夢を売る」仕事のプロとしては失格の部類のメンツに入ったんだから。その点では大原麗子は実に優等生でした、なにせ「自分は普段何も努力していないこと」をインタビューでも自慢していたぐらいでしたからね。で、そういう大原麗子が演るふじ子さんという女も家庭を守る専業主婦としては本当にアリエナイ程の完璧なのさ。だいたい映画ではさらっと観ていられますが、自分の夫が理由もなく一か月も失踪しているのを「心から」心配し、そのあげく自宅に戻ったなんてのを経験した妻が夫に対してあんなに物分りが良いはずは無いです。平静を装いながら、「夫との熟年離婚の可能性」模索するようになるか、逆に己の欠落を責めて「自身も鬱になっちゃう」かのどっちかでしょう。あくまでも妻という立派な女性の役柄を真面目にこなしているのだわ世間の奥様ってのはっ・・・と日頃から考えている人間ではないとふじ子さん役をあれほど自然にできないと思います。大原さん自身は私生活では妻役に二回も失敗して苦労されたようなんですけどね。


第22作 男はつらいよ 噂の寅次郎 HDリマスター版 [DVD]

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 この映画で語るお馴染みの寅さんエピソードは「ほんっとに怖いよ」

 容姿がずば抜けていること以外は「融通がきかない性格で、しかも結構天然キャラ」でしかない不器用さが可愛い大原麗子と、「アタシってブスでしょ? ちゃんと分かってるわよ。だから寅ちゃんがアタシのこと女だと思っていないのなんか平気、アタシも寅ちゃんのこと男だと思ってないしぃ」という気さく過ぎる態度がビミョーに寅さんを傷つける泉ピン子の演技の対比がいいよねっ♡・・・という方には大変楽しめます。ま、それらまとめてくっだんねーんだよっと切り捨てるタイプも最近では多いでしょうが。(笑)ちなみに映画ではさくらのお舅さん(志村喬)が、さくらさんにマイホームの取得を薦めるエピソードがあり、しばらく「さくら一家マイホームへの道」という挿話がシリーズで続くのさ、それが数年経って「真実一路」になると「寅さんのマイホーム話、完結編で番外編」という意味もあるのかなあと思ったりして。

 しかし大原麗子亡き現在、やっぱり一番に観るべきなのが実家「トラや」で寅さんが語る儚くも散った美人妻の死体のエピソードでございましょう。死んだ奥さんの墓なんか開けたらいけません、生前の美しさなんぞ、あっという間に露と消え失せるものなのですからっ。ヒトから聞いた話ですが、あるとき大原麗子さんはバラエティー番組に出演した際にご自分の生活習慣を医療関係コメンテイター達にチェックされ、もの凄い駄目だしをされたんだとか。「貴女こんな生活をいつまでも続けていたら、本当にみっともない老後を送ることいなりますよ」って、でも「いいもん、太っちゃうよりマシ」みたいに終始彼女は返しているだけだったんだそうです。その後あっという間に難病に侵され、事実上引退に追い込まれてしまった・・・そんな光景を覚えている視聴者や観客もまだ結構いるせいなのか「大原麗子が消えてしまった」と嘆き悲しむオッサン達を後目に、割合彼女の死後になってもその評価に対して意外と冷淡な意見の方も実は多いのですよ。私自身は「死んだヒトは皆イイ人間、仏サマだから」の精神でいきたいと思ってはいるのですが、時代の変わり目を読み切れずに、そのままでいようとすると「オンナのヒトって本当にあっけなく死ぬもんだな」ということが怖ーい・・・という考えがつい先にたってしまうのでした。彼女ストイック過ぎたんだね。