ヤサグレ女列伝③ 「私のように美しい娘」のベルナデット・ラフォン

私のように美しい娘〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選12〕 [DVD]

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 一体何なんだろう? この禍々しさはっ・・・

 と誰もが感じる、いつものトリフォーのはずなのになんか素直にノレない映画。でも私はこの間初めて観た時、最初はキツネにつままれたようだったけど、だんだんこりゃ相当面白いかもと思えてきたよ。軽い小品だとみるよりもトリフォー中期を代表する作品としてもっと格上げして良いかもっていうくらい。お話はカミーユベルナデット・ラフォン)というアラフォーなアバズレちゃんが刑務所を研究のために訪れる若き社会学者スタニラフ(アンドレ・デュソリエ)に語って聞かせる彼女の半生がかなりヘンテコリンというところから始まって・・・という一応ミステリーなかんじて進んでいきます。カミーユは田舎のビンボーな農夫の父親が嫌いで、それで子供の頃ついうっかりして父親を殺しちゃったりするような女、17の頃に感化院みたいな処から脱走して、ヒッチハイクで引っかけた若いオトコ(フィリップ・レオナール)と夫婦になったり、旦那にウルサく小言を言う姑をこれまたなんとなく上手に「始末」して、幹線道路沿いにあるナイトクラブに流れ着くと、そこのオーナー兼歌手とデキちゃったり、旦那が大ケガした際に知り合った弁護士とも寝るハメになったり、ひょんなことから知り合った害虫駆除業のオトコ(シャルル・ドネル)とも情事を繰り返すようになったり・・・・まあ要するに大変なオサセちゃん、そしてすべて並行してやり遂げているヤリまんの○股女なのでありました。そこから何故捕まって刑務所に入ったのかの顛末をマンドリン片手に歌いながらやるわけですよ、「私のように美しい娘は〜♪」って。だからこのタイトル、ベルデナット・ラフォンという人は目立って美人という人では決してないのですが、「いかにもイイ身体」の持ち主でまたちょうど熟女盛りの頃、ミニスカにハイヒールや、下着姿や、ハダカにオーバーオールで走り回っちゃいます。もうこれだけでエロくてタマラナイという御仁と、この程度のババアのポロリだのチラリだので男が騒ぐなんて馬鹿にすんじゃねぇよってお怒りの方と二手に分かれるようでございます。そこで提案ですが、興味ある方はせめてレンタルにとどめましょう。ユーチューブで強引に無料視聴を試みたところで小っちゃい画面じゃこの映画の場合おそらくあまり楽しめないことでしょうから。(なんかこのブログで紹介した女優さんのエロ画像を必死に探している人が最近多いようなので、書いてみました。おせっかいのようですけど殺しのドレス [DVD]ぐらいはDVDかCS放送探せってば)

 フランス人はどうも「ドアや玄関」というものが嫌いらしい? ・・・でもなんで?

ところでフランス映画では○股女というのが意外なことに一般的ではないようです。パートナーがいても一時のアバンチュールや「アタシこの男が好きになっちゃから」などと宣言して恋人を振っちゃう女性はたくさん登場するというのにねぇ・・・で、「私のように美しい娘」はアメリカの小説が原作でありまして、トリフォーはビリー・ワイルダー(もしくはその師匠格にあたるエルンスト・ルビッチ)のような往年のハリウッド映画にあったような艶笑喜劇のようなものがやりたかったようです。さてそんな複数の男性たちを巧みに捌くヒロインをいかに映画的に面白く描くには一体どうしたら良いのか? ってことなんですが・・・「私のように美しい娘」ではナイトクラブ内で愛人の歌手との情事ではカミーユが部屋のドアをバタンって閉じると、閉じられたドアの奥から「カーレースの爆音」が響くというギャグで表現されております。とにかく「男から男へ」と渡り歩くたんびにカミーユはドアを開けたり閉めたりする、弁護士に誘惑されているシーンでもドアの前。でもこういう描写というのはフランス映画ではかなり稀なの、フランス人ってどうも玄関や部屋の出入り口をはっきり画面に出すのが嫌いみたいなんだ。我ながらおかしな見立てだと思うけど、ホラだと云うのなら何でもいいから他のフランス製作の映画を当てずっぽうに観ていて下さい、それもできれば70年代から以前のフランス映画をっ。黄金の馬車 [DVD]という映画でもヒロインが3人の男性にモテモテなもんだから、3人の部屋をそれぞれ行き来するシーンがあるけど、どうやってヒロインが部屋を移動するのかが「謎」大いなる幻影 Blu-rayて映画も名作とされているけど、アタシが一番びっくりしたのは冒頭ジャン・ギャバンがフランス軍の飛行基地からパトロールに出てドイツ軍の捕虜になるまでのシーンだった、ジャン・ギャバンが出たり入ったりする「場所」というものが極力画面に映らないの。フランス映画に出てくるお客はいつもリビングへと直接入ってくる所からしかスタートしないとかね、お金ある方には今度仏製の刑事ドラマと日本やハリウッドモノと比べてみて「家の玄関」をどう扱うか確認して欲しいくらいなのさ、刑事が玄関やドアを上手く使いこなせななかったらコロンボ大地康雄も演技できないもんね。
 ・・・それで「私のように・・」へ話を戻すと、カミーユのようにドアを小道具として自在に扱うキャラクターは不吉な存在なんですね、おフランスでは。だからカミーユは犯罪を犯す時には「四角い凶器」を使う、父親を殺した梯子とか正方形で銅製の焼却炉に殺人の証拠を隠しているとかさ。で、当然カミーユみたいな不吉なヒロインがルビッチばりの浮気で陽気なメリー・ウィドウになんかなるわけがないのだっ。

 フランス人のくせに「自在に四角形を小道具として扱う」トリフォーは「フランス映画の墓堀人」

 トリフォーは若いころは映画評論家でフランス映画をクソみそにけなして「フランス映画の墓堀人」と呼ばれたんですが、自分で映画撮り始めると今度は「アンタの映画だって昔っぽい普通のフランス映画じゃん」などと揶揄されたとか。まあ私もその辺の詳しいことを理解して皆様に紹介できるほどフランス映画得意じゃないですけど。でも「私のように美しい娘」を観て初めてトリフォーってフランスチックじゃないって納得できたかも、かと言ってハリウッド的でも絶対に無い。映画全般通しての男女の色恋沙汰を俯瞰しても分かるように男側はそれぞれ野卑でセックスしか興味ないとか、いい加減だとか、強欲だとか、偏執的な困ったちゃんとかのヒドイ奴らばかりでカミーユに依存して利用するだけだし、そういう男性陣を「それぞれ魅力があるのよ」とか何とか言って抱擁力があるように見せかけて、その実男を踏み台にしてのし上がっていくカミーユにも最後まで素直に笑えないのさ。(だから鑑賞後に「この程度のババア・・・」って憤激する御仁がいるのね)ちなみにスタニラフ博士は当初トリフォー自身が演じるはずだったんですが、当時新進の舞台俳優アンドレ・デュソリエにしたんだそうです、社会学者とその若い秘書のカップルの終末のエピソードのおかげで、ようやく観るヒトたちが「ひとごこち」が着く気分になるようなブラックユーモア過ぎる映画なのさ。一生懸命ハリウッド的なジャンルをおフランス風に取り込もうとしただけなのに、ここまでハリウッド映画に対する強烈な批評になるとは思わないもんね。アメリカって女の武器を使って女性が社会的立場を上昇していくのにとことんウェルカムな社会で、それがいかに男性自身をも傷つけるかということについては完全無視っていうヘンテコさがこの映画を観ると露わになってくるよね。様々な種類の禁忌(タブー)の線上でベルナデット・ラフォンが(主にノーブラで)ばたばた走り回っているってカンジの映画、トリフォーってやっぱり墓堀人だったんだね。