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ヤサグレ女列伝 ①「アナと雪の女王」のエルザ(松たか子)とアナ(神田沙也加)

 DVD発売記念!!ということで・・・

 早速取り上げるのもなんだか恥ずかしいなぁと思いつつも・・・もう既にブログに二十数件もあるんだね。(トほほ)まあもしもまだ観ていない方の為に一言で説明申し上げようとするならば「そもそも男女どちらが主人公であっても成立するようになっている構造」のアンデルセン原作の良さを生かして換骨奪胎することに成功した映画です、てか。「換骨奪胎(かんこつだったい)」、アメリカの映画人(映画だけじゃないかもしれない)が本当に大好きな力技、そして本当に執念深く本家に打ち勝とう・・・彼らにとって本気でリスペクトする作品(主に外国映画)は同時に超えなきゃならない「壁、もしくは敵」なんだもんね。ひょっとしたらピクサーからジョン・ラセター御大がディズニーに乗り込んでくるまでは「別に旧ソ連製のアニメなんて本気でライバル視しなくてもいいのにぃ」と大半のディズニー幹部連中は思ってたのかもしれませんが、本気でこういう挑戦をしないとお前ら明日は無いぞ!!・・・なんていう怖ーい檄が社内に飛びかったこともあったのかも。1950年代にソ連が製作した雪の女王 [DVD]ときたら、そりゃあ名作だったのさ、絵もキレイだったし、割合原作に忠実な優しく女の子らしいヒロインのゲルダが恋人のカイ少年を助けようと健気な冒険をするお話、ディズニーのヒロインと比べると地味だけどよっぽど頭良さそうだしさ。で、ディズニーはこの「雪の女王」に勝ってみせようとかなり気鋭いれていたみたいです。私、最初に「アナ雪」を公開するよって告知を観たのが2012年の確か夏頃だったもんね・・・「雪の女王をディズニーでやるの? 本気? 大丈夫?」と一人で騒いでいましたが、当時私のように劇場でひとしきり驚くようなヤツ、殆どいなかっただろうに・・・

 もしもこれが「アナ太郎と雪夫の兄弟船」っていう映画だったら?

 先ほども言いましたがアンデルセンの「雪の女王」という童話は主人公が男女どちらであっても成立する構造を持った上であえて女の子を主人公にして冒険させているお話でございます。アンデルセンではこれと若干似たような話で「氷姫」というのもありましてこっちの方は「氷姫」と呼ばれる精霊だか魔女みたいな女に恋人を取られて悲しみにくれるばかりの乙女の悲劇。(何故か日本ではアンデルセン物語というTVアニメシリーズをやった時こっちの話がフューチャーされていて当時観た子供たちはそのあまりの悲劇に震えあがったものさ)アンデルセンって精神的にはほぼバイセクシャル(でも性行動は伴ってないからね)だったというのは有名ですが、「女の子がいつまでも泣いているばかりではいけないっ」とリベンジに燃えるヒロインをまた別に書きたかったのかもしれません。ディズニーでも最初雪の女王を悪役でやろうとしたんですが、どうしても「それじゃノレないから厭」で姉妹にしたんだそうです。ディズニーとしては「危険をかえりみず誰かを救おうとする強い女の子」が嫌いなんじゃなくて「助けが必要な弱い男」というのがとにかく厭で仕方ない。だから善良で弱い男より悪役でも野心家の男の子キャラを選択したってことなんでしょう。どうも日本の男性陣の中に極端な男嫌いのフェミニズムを「アナ雪」に感じたり、逆に過剰にLGBTっぽく解釈する方たちもおられるんですよね。でももし主人公達が姉妹ではなく兄弟で「アナ太郎と雪夫の兄弟船」というタイトルの映画だったらどうする? 例えばそれが北海の王者である鯨の王様の怒りを買ったノルウェーの漁師兄貴を助ける弟の冒険物語だったら? 「兄弟のどっちが主人公だか判らないくらい似たようなもので、まるで同一人物みたい」等と言ったり、「異性との結びつきより同性同志の連帯感を重視している」と主張して、それを凡庸な解釈をする普通の男の子たちやオッサン達はどう反論すると思うかい? 「兄と弟のオトコの個性の深い違いが理解できないバカ女のたわごと」だったり、「髪型角刈りの漁師の兄弟だからって・・・性的マイノリティーなんてのとは関係ないわ!! ついでに「ゲイの王」と読まずにちゃんと「くじらの王」って読めよ!」って一言で斬って捨てることでしょう。だって「アナ雪」にはヒロイン型ディズニーアニメの中でもかつてない程、男子も女子も同等に自己主張をするキャラクターが揃っているからです。男女どちらが主人公でも成立するアンデルセン原作の良さが期せずしていい効果を生んだのでしょう。(ちなみに「アナ雪」の舞台は確かにノルウェーで未だ捕鯨国のひとつなのは間違いないですが、実際の映画には漁師は登場しません、角刈りの男子キャラもいませんので安心してね♡)

 どうせ深読みをするならば、あと日本語版キャストについて

 まずディズニーは何より米国市場を第一に相手にしているということを忘れずに、深読みするならばしないとね。主人公アナとエルザの姉妹は今どきの「難病や障害を抱えた一番目の子」と「上の子供の負担で哀しい思いをさせちゃいけないということから、隔離されほっとかれて却って疎外感を感じている下の子」という意味で苦労しているお子さんたち(米国にも日本にも結構いる)を投影した像だと言ってよいでしょう。トナカイと一緒の氷屋のお兄ちゃんとハンス王子の対比は「恵まれた中流階級以上に育っているけど競争原理に取り込まれてフラストレーションがたまってるエリートの実像」と「恵まれた家庭環境じゃなくても周囲の大人たちサポートで正直に育ったある種の理想の王子様」ぐらいにでも観てやってよ。気が付いたら先進国は皆「上を観たらきりがない格差社会」で、ヒロイン型映画だけど紋切型の助ける王子様キャラじゃ、もうあっちの男の子たちにとっても厭なんだからさ。
 それから私が観て思わずうるうる来たのは有名な「れりぃ・ごー」のナンバーではなく「雪だるま作ろう」とか「生まれてはじめて」などの方でした。これは「ほっとかれてもたくましく好奇心豊かに育った」アナ役を神田沙也加が好演していたからなのでしょうか? ・・・まあ女性芸能ネタで感動しただけではないモノがあったのは事実でしょう。そして松たか子サマの方ですが、これはいかにも彼女らしいプロフェッショナルぶりの発露なんでしょうが、それまでも彼女の歌には何となしに強烈なまでのヤサグレ感が漂っており、アイドル歌謡ともミュージカル歌唱とも微妙に違う個性があります。これも一種の歌舞伎DNAのなせるわざかもしんないと穿ってしまうくらいです。