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セックスワーカーの女③「妖刀物語 花の吉原百人斬り」の水谷八重子(二代目)

妖刀物語?花の吉原百人斬り? [VHS]

妖刀物語?花の吉原百人斬り? [VHS]

花のお江戸に「巨大なテーマ・パーク」があったとさ

 実家にあった書籍のなかの司馬遼太郎との対談で、山崎ナントカという関西出身のエライ劇作家の先生が発言していたのですが、江戸歌舞伎の「籠釣瓶花街酔醒」という狂言は自分にはとても理解できない、なんで主人公をあんな惨い目に合すのか、田舎者にタカってコケにしてあざ笑うなんてとても文明的な都会人の作法とは思えないという主旨の発言をしていました。最初読んだときは非常になるほど〜と感銘したもんです。でも、その「籠釣・・・」を材に取ったこの映画を観ると分かるのですが、吉原というところは江戸の中心部からは離れた郊外に築かれた悪所という名の巨大テーマパークでありまして、吉原と同様幕府公認だった大阪の新町や京都の島原のような比較的街の中心部にあった遊郭とはだいぶ趣が異なります。吉原でゲスト(男たち)をもてなすのはあくまでも花魁と呼ばれるプリンセスであったり、プリンセスたちをサポートするキャストの皆さん(芸者、やり手婆、女衒などと呼ばれる)であったりするので、そこには「洗練された都会の流儀」と言われるような常識があるわけではありません。あるのは顧客の身代をも平気で食いつぶすような非情な搾取のゲームのルールです。「売春」というものはそもそも女を買う男たちにも過酷なリスクを伴うものだという意識が日本人男性にはひどく薄いようですが、本当に女一人をマルかかえにして商売をしようとしたら大変なお金がかかるのが普通のこと。だからたかが「援助交際」程度のケースを「買春した」なんて威張るのはどうかとも思うのですが。

 It,s a small world!!から来た男

 主人公の次郎左衛門(片岡千恵蔵)は生まれつき顔に大きな痣がありました。家は武州佐野の絹織物を扱う大商家なのですが、顔の痣のせいで女性に嫌われ縁談も決まらずぅっと一人ぼっち。ホントのこと言うと次郎左衛門はどっかのお武家が捨てたのを今は亡き義父が拾って1人息子として育てられたのでもう宿命かっていうくらい孤独なのでした。見合いも断られ凹んだ彼は誘われて吉原の大門をくぐります。そこで出会ったのが遊女の玉鶴(当時は水谷良重といいましたが現在二代目水谷八重子)というなんかどすこいなカンジの豪快な娘。(怒られるのを承知で言うとこの時の彼女はどこかあの×嶋×苗に似ているような・・・)彼女が「心の中まで痣があるわけではないでしょ」というと実に嘘っぽくなくて自然なので、天下の千恵蔵センセイが(戦前からの時代劇スターなの)普段はこんなしょぼい役はやらないのに無理して頑張ってます感を見事に払しょくするのでした。ホント古典を題材にした時代劇のキモはキャスティングに在りてやつですね。で、玉鶴はもともと吉原に入る前から情夫(木村功)なんか連れてくるようなタマだし、とても太夫になんかなれるタイプの遊女じゃないんですが、次郎左衛門の顔の痣と玉鶴への入れ込み方に足元を観た茶屋の女将ややり手婆たちにそそのかされるや、だんだんその気になってきます。あんまり玉鶴って娘に複雑な心理描写やら女心が表現されるシーンがないのですが、1人になって遊郭から吉原の外をじっとみつめる所が印象的です。吉原はじつをいうと当時も田んぼのど真ん中に築かれておりまして、そこでは早乙女と呼ばれる娘たちが田植えをしている最中だったりするのでした。おそらく自分も農村出身で売られてきたであろう彼女はもうあの田植えをする女たちの一人に戻りたくはないのか、戻りたいけど無理だと思っているのかは解かりません。とにかく今の彼女から観たら華やかな遊郭の外は小さな世界で「太夫の夢」に比べたらちんけな郷愁でしかなくなったのかも。しかしこの映画では吉原なんかより、次郎左衛門が普段身を置いている「普通に生活している人々の世界」の方がより美しく絵のように鮮やかに描かれています。玉鶴が覗く早乙女の田植えのシーンもそうだし、武州佐野に住む若い農民カップルが冷害で桑の木の収穫がパァになり、どん底の中二人一緒になろうとするのを、介添え人として次郎左衛門が見守るのですが、とっても品格あって素敵です。まさに海外じゃアートフィルムとしてDVDで発信されているのも頷けますね、日本じゃVHS止まりだけど。そういう素朴な「It,s a small world」からやって来た次郎左衛門は玉鶴と夫婦になろうと頑張るのですが、玉鶴の夢はもはやそんな所にないので、悲劇というか「惨劇」が起こります・・・

 日本映画の創始期からテレビ全盛期の一歩手前まで

 内田吐夢溝口健二と同い年ですが、1970年までほとんど現役の映画監督として生涯を終えました。溝口は50代にして死んじゃったし、仲良しの小津安二郎よりも長生きして戦後の日本映画でも「飢餓海峡」みたいな新路線を築いたりしました。内田吐夢も幼少期の頃は小学校は途中で止めて商店へ奉公に出されたのですが、実家が貧しいからというより勉強が嫌いで好奇心の強い不良だったからみたいです。奉公先も飛び出して旅回りの劇団に入りそこでいろいろな人々を見聞きしたり経験をつんで、最後には映画界入りして実家からは勘当されたとか。この手の昔話がウィキペディアでも語られる人と、溝口のようにあんまり幼いころの思い出で自分がどう感じたのかの発言が全く出てこない人では作る映画もおのずと違ってくるものです。内田の方は戦前「土」などの傾向映画とも呼ばれる映画を作ったり、「限りなき前進」や戦後も小津と一緒に時代劇の名作血槍富士 [DVD]を作ったりしています。とにかくこの時代の映画人が「近代的な思考を持っている」っていうのは受けた教育がどうのこうのより、もっと広い意味での育った「環境」によるもののようですね。「妖刀物語・・・」には「祇園の姉妹」のファーストシーンのような「まるで絵巻が映画になってるみたいな」ガイジンが喜ぶアバンギャルドの所はありませんが、もっと芝居っぽいというか観客の感情移入がより容易でそれでいて無駄は一つも無し!! DVDを出しているのはフランスのようですが、中国語圏の人達は海賊版で皆喜んでるくらい人気があるみたいです。