2016年にわざわざ観に行った映画 ③

  

 

  去年の大統領選挙の時タイムライン上に「どうしてぇ!皆ズートピア観なかったのおおお」というツイ―トが流れ、心の底で「そうつぶやくお前こそ本当に小学生なのかい?」と思いつつ引用してしまったよ。息子はGW中にちゃっかり私の実家の母たちと(私をのけ者にして)観に行ってしまった。しかし大人の私が観るとかなりきわどくて禍々しい処のある映画だったんだけど。もっとも「ジャングル大帝」とかだけでなくラブリン・モンロー 1~最新巻(ヤングマガジンコミックス) [マーケットプレイス コミックセット]あたりの漫画も読んでいるしょうもない大人だからそう感じるだけなのかもしれないがっ。

 

ちはやふる-下の句-

ちはやふる-下の句-

 

  この映画だって(上の句編含め)本当は結構凄い映画だったと思うんだよね・・・まあ続編もあるそうなのでその時に改めて評価されるといいね。

 

  映画でもフィーチャされている「ベン・ハー」は2016年にホントに超大作として米国では公開されたみたいですが、日本ではDVDリリースとなりました。(^_^;)

 

ヴィクトリア [DVD]

ヴィクトリア [DVD]

 

  東京はベルリンよりもずっと広くて若者たちはお互い狭い世界の中に閉じこもっているのかもしれない。この映画の若者たちの映画評レビュー読んでそう思いましたわ。戦後高度成長期なら成立していたタイプの日本の青春映画にしろ、「ヴィクトリア」みたいなのにしろ、もはやコッチで製作するのは無理かもしれん。

 

殿、利息でござる! [Blu-ray]

殿、利息でござる! [Blu-ray]

 

  興行収入13億円突破!!って言い張って威張るぅぅ・・・って凄いわ。松竹映画だからなのよね、松竹にとって映画産業というビジネスモデルはそうゆうものなのよねぇぇ。現在本社ビルには居住マンションが乗っかってるしねぇぇ。(先日久しぶりに立ち寄ったよ)映画には大人たちに交じって楽しそうに観ていた社会科好き小学生たちがいましたが彼ら達が「なんとなくがっかり」しないような路線も作っていきませんかあああ、「利息でござる」は近年の松竹の時代劇の中でも屈指の出来ばえなのですから。

 

  今現在US映画市場を支えている観客層の多くは黒人層なのでわ。この映画や今年のオスカーノミネートのラインナップを観ても強く感じます。配信サービスの普及で映画の視聴スタイルが変化すればするほど映画館で熱狂するムーブメントの推移もまた注目されるようになってるのかもね。

 

 

デッドプール (吹替版)
 

  私には面白かったよ、確かに一番面白かったのは冒頭部分のタイトルバックではあったけど(笑)。ウィキペディアみたら、ライアン・ゴズリング念願の企画だったてのを知ってなんだかまた好感度が上がったわあ。(キャハハハ♡)

 

FAKE ディレクターズ・カット版 [DVD]

FAKE ディレクターズ・カット版 [DVD]

 

  2016年のベスト映画に挙げている人も居たね。私はドキュメント映画がフィクション物より「エライ」決してと感じるタイプではないのか、その年のベストとかにドキュメント映画を入れるという発想がなかなかできないのだ。

 

クリーピー 偽りの隣人[DVD]

クリーピー 偽りの隣人[DVD]

 

  2016年度で一番「キモ面白かった」映画。しかも性質(タチ)が悪いのはちゃんとしたプログラムピクチャー(王道の映画って意味の方)だっつうことね。ある意味一番普通の映画の顔しているの。松竹でプログラムピクチャーったら「富士山」出た瞬間に観客は「寅さん」「釣りバカ」等がサブリミナルされて来ることが多いんだけど・・・それを「逆手にとって」怖がらせるやり方を一部してます。(笑)

 

 

  眠かった・・・スゲー眠かった・・眠いことも含めて「価値」だって映画のチラシにもあるくらいなんだよ(笑)でも主人公の爺さんの着ていたピンクのフリルシャツがエラいカッコ良かった・・・御洒落だあぁぁ・・・と思いながら睡魔と闘って観ていた。

 

  私自身はクローバーフィールド/HAKAISHA (字幕版)の方を今でもあんまり評価していないんだけど、こっちのヤツは予告編から観たくなってしまい「なんだよクローバーフィールドなんて認めてなかったんだけどお」と思いつつも、観たらやっぱりかなりの面白さでした。

 

あやつり糸の世界 Blu-ray 初回限定生産版

あやつり糸の世界 Blu-ray 初回限定生産版

 

  以前から名前だけ知っていたニュー・ジャーマン・シネマのファスビンダー作品。想像していたよりも怖くなくてわりとポップなカンジだった・・・とにかくいかにも70年代チックな映画、って思ってたらTVドラマシリーズだったそうな。(実は思いっきり手持ちカメラの影だかみたいなのが画面に映っててびっくりしたシーンあり)

 

2016年にわざわざ観に行った映画 ②

 

  この頃から別口のブログ(note)を別口で始めました。近所のシネコン以外で観た映画について主に書いています。で、これが初めて取り上げてみた映画。製作を兼ねているブラッド・ピッドの中年太りの体型作りがなかなか堂に入ってました。(でも目立たないw)

 

Hateful Eight [Blu-ray] [Import]

Hateful Eight [Blu-ray] [Import]

 

  こっちもnoteに書きましたがまだ書き足りないのでこっちでもいつか取り上げたいです。それにつけても清須会議 スタンダード・エディション [DVD]なんかが公開された頃には「やっぱ日本の時代劇はVFXとかで工夫すれば何とかなる部分があってラッキー♡だあ。西部劇はロケ地とかの問題があるからそれだけじゃどうにもならないもんね」と舐めて考えていたのを思い出します。二年もたたないうちに清州会議と同じ美術監督が西部劇を担当するとか、レオ様主演のマイナス40度の極寒ロケ西部劇なんてのがボンボン出現してくるとは思いませんでした。基本的に私考え方が浅はかなもんで反省。

 

マジカル・ガール [Blu-ray]

マジカル・ガール [Blu-ray]

 

  いやあ「サウルの息子」を観に行った際に予告編を観てずっこけてしまい、ホント怖いもの見たさでドキドキしながら観に行きました。

 

ちはやふる-上の句-

ちはやふる-上の句-

 

  これは近所のシネコンで。いい席を観たいからってオバちゃん(私)とOLの二人組に挟まれた真ん中側の席に躊躇なく前のめりに座って観ていたメガネ男子高校生がいました。彼の場合は「すずちゃん」になのか「原作漫画」になのか、おそらく異様な入れ込みをしていると思われますが、とにかく彼が周囲をガン無視している姿に清々しさを感じたくらいです・・・

 

木靴の樹 Blu-ray

木靴の樹 Blu-ray

 

 とにかく男の子が可愛い。英国映画とイタリア映画は実は可愛い男の子で魅せる映画が多いです。特にイタリア少年は大抵が擦れてなくてただただ可愛らしい。

 

  とにかく最近のDCコミックの映画ばかりやたらラズベリーがらみだったり、ワースト扱いが多いのは予告編や宣伝の出来が洗練されてカッコ良いことも一因ではないかと思うくらい。実のところ日本では判官びいきの隠れファンが多いです。ウチの息子は前年の10月から「この映画絶対観たい、連れてけ」と力入れてました。なんかスーパーマンに強力に思い入れしていた・・・何故?

 

ルーム [Blu-ray]

ルーム [Blu-ray]

 

  この映画ハリウッドのジャンル物としてはある種の「innovasion」になったはず。だからこそ日本のプロの映画批評家にはウケが今いち良くないのよね(笑)。ベストセラーの原作者も監督も女性。こうゆうのをいち早く取り込んでハリウッドではヒット作を既に出しているという事実もあるのにさああぁぁ・・・。(ケツの穴が小さいJapan)

 

ボーダーライン(字幕版)
 

  オスカーでも有力視されている「メッセージ」のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品ですがこの映画はつまらなかったです。べ二チオ・デル・トロ様で続編をやりたいという希望が企画当初からあったのかどうかは解かりませんが、それを踏まえて逆算して構成をしたかったための女性主人公という選択でもしあったとすると、必然的にケチくさいB級アクションものにしかなりようが無いのですだ。これを本格アクション映画だと評価する貴女はあまりにもウブが過ぎるというものです。この映画を本気で面白がっている男だとヲタクとしてもセンスが無いのでは。個人的には同じヲタクでもデッドプール (字幕版)あたりを喜ぶスケベの馬鹿タイプの方がまだマシだと思われます。

 

グランドフィナーレ [Blu-ray]

グランドフィナーレ [Blu-ray]

 

  うら若きカップルでこの映画観に行って(まあ殆どありえませんが)彼氏の方がサウルの息子 [Blu-ray]を面白いと言ったり、秋口に「エル・クラン」あたりの新作映画を探してくるようなヒトだったらたとえ「キモくてカネのない若い男」でも付き合うといろいろ発見があるかもしれません。ただし年を食ってもこの映画の中のマイケル・ケインハーヴェイ・カイテルのような渋くてカネの有るオッサンに化ける可能性は極めて低いことでしょう。

 

スポットライト 世紀のスクープ[Blu-ray]

スポットライト 世紀のスクープ[Blu-ray]

 

  なんかこの間アカデミー賞直前になって「最近の映画はアップ画面ばっかり」と愚痴めいた米国の映画コラムも読んだのですが、この映画とレヴェナント:蘇えりし者 2枚組ブルーレイ&DVD(初回生産限定) [Blu-ray]に関しては許してくれよおぉぉ・・・て気がいたします。で、この映画も日本の一部のマニアには「だから何なんだよ」でそんなに評価していない方もいる様子。でも結構「ぬけぬけと大胆」な作り方していると私は思いましたけどさ。冒頭、警察に逮捕されたカソリックの司祭があっさり釈放される、警察官も「毎度のことさ」って態度で、という素っ気ないシーンから始まり、いかにもデジタル撮影ってかんじの小刻みな「顔のアップ」や画面から(わざと)人物が切れたような構図、軽快にさえ感じる編集で事の顛末と真相だけが淡々と語られるのです。編集賞もノミネートされ結果として作品賞、脚本賞をゲットしたのも露悪的に語るのではなくバランスの良い表現が評価されたのでしょう。ちなみに撮影監督は日系の方みたい。

 

  noteにも書いたのですがとにかく眠かった・・・私でも今年は「眠たい映画もそれはそれで有難やありがたや~」の極致に達するまでに至った何本かの映画がありこれはその最初の一本目(笑)。

 

  今まで西部劇でネイティブの弓矢がこれほどまでに恐ろしく強力に描かれたのは私観たことありません。冒頭の襲撃シーンではレオ様の側のライフルなんかまったく歯が立たないの。熊がCGだろうがデジタル撮影がぶれっぶれだろうがいいじゃあないのっ。週刊〇〇の映画評読んでさすがにげんなり。最近通販番組によく出ている映画監督さんはこのまま通販番組だけに出て悠々自適にされたら良いと思います。

 

アイ アム ア ヒーロー

アイ アム ア ヒーロー

  今(2017年2月現在)はDVD在庫切れかい?AMAZONは取扱いしてないぜ。・・・しかし年末この映画を「逃げ恥」がらみで紹介するようになるとは思ってなかったし、興行収入100億軽く超えた映画撮った監督が「デスノート」のなんちゃって続編映画で嘲笑されるなんて少し哀しいよ。シン・ゴジラの総監督とは扱いがエライ違う。

 

で、今回はここまでっ!! 

 

 

 

2016年にわざわざ観に行った映画 ①

 

 とにかく観る前はBB-8が気に入らず、TV予告編でもR2D2とパロをヘンテコに合体させてんじゃねーよっ」とひたすら怒ってたのですが、動き方が思いのほか愛らしかったので許そうと思いました。最後カイロ・レンがハン・ソロアレしちゃうものですから一緒に観に行った夫は暗くなり、息子はそれを観てちょっとへらへら笑ってましたあ。

 

 

Saul Leiter (Photofile)

Saul Leiter (Photofile)

 

 写真家ソール・ライター急がない人生で見つけた13のこと

 映画の字幕を人気翻訳家の柴田元幸氏が担当しています。しかしNYの住人に関するドキュメンタリーは数多いですが凡て「ライフスタイル」に関する話が中心になってしまうよう。二十世紀最高の写真家の一人であるライター氏の場合は半世紀以上もやたらとときめいてばっかりいるせいか家の中は捨てられないものでいーっぱい。インタビュー中も背後でココアをレンジにかけっぱなしで話続けてるシーン等があるので、おじいちゃんココアこがさないでぇ~がやたらと気になりました。巨匠はココア好きらしい。

 

  映画の冒頭15分くらいは眠くなってしまい・・・「そうだ今回脚色はコーエン兄弟なのだっ」と意識的に目を覚ましたら後はしっかり集中できました。ペーソスもユーモアもあり、トム・ハンクスは実在の人物なのですが続編で映画一本撮れるくらいに当時活躍した人物みたいですね。共演のソ連スパイを演じたマーク・ライランスは年齢はぎりぎりおっさんなのですが、今後ジジイなスターとしてブレイクの予感。続けてBFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント ブルーレイ(デジタルコピー付き) [Blu-ray]でも大活躍なんだぜ!!

 

 おそらく「名作」入り確実な映画。ただし今現在では皆この映画の価値を細かく評価できる 余裕が無し。んで「サークル(〇)」のフェチというフランス人以外には考えられない病を持った主人公が気が付いたら「フランス」の国や文化までも飛び越えてしまいNYのフランス人になっちゃいました~までの経過を描いているお話でもあります。J・ゴードン・レヴィットは大学でフランス文学やってたそうなのでフランス語はぺらっぺら。なんだか楽しそうに演じている(私にはね)ように見えました。

 

サウルの息子 [Blu-ray]

サウルの息子 [Blu-ray]

 

  ミニシアター系では年末から公開の正月映画では一番当たったやつ。何故だかリピーターも含めて圧倒的な男性客の多さでありました。いくら地味な題材でヒットとはいえ何故だろう・・・といぶかりながら鑑賞してたんですが、この映画「音声の演出」が独特といおうか、収容所のシーンでいやだわ誰かが後ろの席でぶつぶつ独り言ってるぅと思ってきょろきょろしたんですけど各地から集められたユダヤ人たちの様々な言語がいろんな処から聞こえてくるのを表現したかったのかどうも劇場のスピーカーが四方に散っていてそれぞれ別々の言語の話声を聴かせるようになっていたみたい。一種のライブ感覚というか臨場感がクセになるのかおそらく何度か見に来た方多数おられたかもしれません。映画の内容にしたって特に男性客には(老いも若きも)泣けるしねラスト。私は途中から「そんなんしなくても・・・」と少し引いてましたが最後の最後に分かったよサウルそれよく解るよきもちぃぃ~どぉぉぉ(涙)~ってなりました。

 

  これも親子三人で観に行き、火星探索船の女船長(ジェシカ・チャスティン)が最後活躍するのを観て夫が少しいじけてブチブチ言うので、その日の夕食後は映画の感想で多少言い合いになりました。どうしてあんなちっちゃい事を気にするのでしょう、会社で思いやられます。この映画ホントは女性のリーダーシップについてのメリットとデメリットについて詳しく描いている映画だというのにっ(怒)。息子はNASAのマイペースなエンジニアのキャラが気に入ってました。

 

  字幕担当は松浦美奈さん。個人的には戸田奈津子女史よりも多くやってるのを拝見するのですが。何故だか字幕とケイト・ブランシェットの音声との間にシンクロといおうか「空耳アワー」な瞬間が二度程あって、さっき今「支払いしたらいいのかしら」の字幕に「支払いPAYNOW」だとか「不味いコーヒー」の字幕に「MAZZLI,COFFEE」とかキャロル様おっしゃってなかったかしらん??・・・て気がしてしまいました。嗚呼、字幕映画が無くなっちゃったらどうしようって危機感があるのではコレやったヒトはあ~頑張って、と何故かおもっちゃったですその時。んで「沈黙 サイレンス」でも松浦さんが字幕をやっていて、結構意訳かなあ?と思った箇所もあったんですが芝居の流れからするとむしろ登場人物の感情を素直に表現する為にしたんかなあ・・・って嫌な感情は起きなかったです。

 

  面白かったよ!!

 だから別のブログ(note)に詳しく書きました。

フォークロア(民俗学)の女 ③ 「シン・ゴジラ」の余貴美子

 

シン・ゴジラ Blu-ray特別版3枚組
 

 コアなファン以外には「おふざけが過ぎた」紅白版ゴジラコント

 でもでも「良質な音楽」と称して、ピコ太郎に聖歌隊をしょわせたり、XーJAPANのTOSHIサマの歌声をマーズ・アタック! [Blu-ray]ヨーデルと同列に扱った悪辣なヲタクネタには少しだけ嬉しかったよ。(笑)・・・まあそれだけ2016年度の「現象」にまでなったゴジラ最新作です。先日YOU TUBEで米国公版の予告篇を拝見しまして「そんなに有名なのかエヴァンゲリオン庵野秀明って」と改めて驚いたんですが、予告編自体は樋口真嗣特撮監督以下の特撮班チームが各自頑張って撮影した映像の良いところを繋いだという印象が強く、映画の出来は共同作業の勝利って気がしなくもないですけどね。ただ庵野監督の特撮のコダワリは他のスタッフと比べてもやっぱり突出して異常な処があるとは強く思います。庵野さんて要するに「ウルトラマン」のTVシリーズでもよくやった「バルタン星人やゼットンが物理的法則や重量を無視してボワッと浮いている」みたいなのに熱狂してたんだろうな・・・てド素人が観ていてもすぐに気が付くぐらいですからね。私エヴァTVシリーズも大昔に1話から3話を再放送で観た記憶しかなく、こんなシュールな映像センスで平面的なアニメ表現が保つかよ「異常」・・・というストーリー展開を含め嫌悪感しか抱かなかったもんです。それが大ヒットして現在に至っておりましたし、今回のシン・ゴジラにも庵野印の異常性は生かされてはおります。実は私心配しながら観に行ったクチなので、思ったよりはずっと「大人の映画」でしたよお。(笑)

シン・ゴジラ」には「人間的な愛」の表現や言及が無いという人へ

 まずキミは冒頭に登場する謎の個人船舶と「自殺の意思を表現するために置かれた男性用革靴」のシーンを覚えているかい?とにかくこの映画ハナっから「狂気の愛しか存在していないってことだからねっ♡。塚本晋也博士がぶつぶつ言いながら解き明かす謎を提示する牧吾郎(岡本喜八)は異端の科学者ゆえに米国で活動していて妻は放射能被爆で亡くした恨みを晴らすために、海洋に廃棄された放射性廃棄物を捕食して進化した海洋生物「ゴジラ」出現の予知とその解決策の開発に生涯をささげていた?・・・この辺の設定がもう独りよがりの妄想が現実化したと受け取る方もおられましょうが(笑ゴジラ(昭和29年度作品) 東宝DVD名作セレクションの芹沢博士(平田昭彦)のケースと比べても「リア充」度が高いだけまだましかも。初代ゴジラにおける芹沢博士のはかなくてなんだか異常な愛の記憶が蘇る特撮映画ファンにとっては冒頭部のヨットのシーンと今回の主人公矢口(長谷川博巳)を中心としたチーム活躍の過程で「愛お腹一杯」です。カヨコ(石原さとみ)と矢口との丁々発止やり取りもやっぱり恋愛なしで十分だし、だいたい温いカップルやってる暇はこの映画には無かったよ。

シン・ゴジラ」には「人間の死」が描かれていないという人へ

 じゃあゴジラ破壊後のがれきの中に人の死が混じっているシーンなんか観たかったのかい? 出動した自衛隊が民間人を避けようとしてゴジラ襲撃のチャンスを逸したとかがいかにもご都合的できれいごとっぽいとでも感じたのかな。でも今の日本人にとっての身近でリアルな「死」の表現を模索したら果たしてどんな手が良いんだろうね?ついこの間も日本は大規模地震や台風なんかがあったばかりで災害でいきなり家族を失う人も出現したけど、そういう人々でも実際はどんな時に「ついさっきまで自分と一緒にいた人間が死んだ」を実感するんだろう。初代ゴジラにしたって一番印象に残るのはゴジラ襲撃で街の大通りに幼な子を抱えて座り込んじゃった母親の「これでお父様のところへ行けるわ」と繰り返し叫んでいたのが一番観客が身近に感じた「死」の象徴的なシーンだったからさ。初代ゴジラの21世紀版を作るにあたっても引き継がないといけないのは人間の死というものを決して「死体」で表現しないという方向性でシンゴジラはかなりオーソドックスにやってるんだよ、あれでも。そうシンゴジラでは一般市民の犠牲者で「死」を表現するわけにはいかないということで、選択したのは現閣僚一人残し「内閣の大臣総死亡」というアイディアだったのさ。死体ではなく「存在の欠落」としての死を描くなら、映画の前半日常性や緊張感の無さや「無能」さの象徴としてひたすらボソボソダラダラと描かれる大河内総理(大杉連)をはじめとする閣僚会議とゴジラ上陸が並行して描かれ、両者がシンクロするのか?と思ってる間に映画から存在自体が無くなってしまう・・・だよ。ゴジラが日本の中心地を口から放射能吹いて全部消しちゃうの。あの時のシーンは鷲巣詩郎の音楽が被るとさすがになんだか哀しかったです。矢口が思わず「あれがゴジラ・・」と呟くくらいに何故か魅入られてしまう。でもそのおかげで自分たちが当たり前のように思ってた世界が一変するのさ。立川にたどり着いた矢口はボロボロで周りに「すぐ着替えなさい」と促されても自分の上司の東副長官(柄本明)が死んじゃった事実をどっかで受け入れられない。そんな時に矢口に声かけるのが与党の有力な若手政治家の泉(松尾諭)で「とにかく君が落ち着け」て例の有名がシーンになりますが、ゴジラがやって来たっつうのにもろ今時オーダーの三つ揃いスーツに頭テッカテカで「世襲で順調に出世してます」て名札が張り付いた若年寄のオッサンに言われたくないんだよおお!!な感情を観客に引き起こすのが良かったです。この後出てきて世界的にもウケた里見農水大臣&総理代行(平泉成)の「らーめん伸びっちゃったよ」もそうなんですが、どうせ緊張感だけではないリアル感を出そうとしてもなんか表現が温くなっちゃうのは仕方ないのならば、ヘンに感動的だったりポジティブな共感を誘おうとするよりも、いろいろダサくて突っ込みどころ有りすぎニッポンを強調する方がベターなのではないでしょうか。世の中には皆が協力したり考え方を少し修正すればばなんとかなる惨事に対しても「道険し」を象徴するには政治家達のサマが一番適当と判断した演出はもっと評価されても良いと思います。

それにしても防衛大臣の「アイライン」

 とはいえ「結局のところ今度のシン・ゴジラって昔のヤマタノオロチを退治するために、勅命を受けたナントカの尊が活躍したしたみたいな話になっていると思えばいいよお~」と私が言うと「その通りだと思うが、そんな話になっているからこそ下らない映画になっているのだっ」ていう指摘をする方もおられます。まあその辺が一番賛否分かれるところなのでしょう。日本の官僚や政治家があんな優秀なはずないじゃんか、ヒロイックに描き過ぎ(ハリウッド映画と比べてもか?)・・・な感想もでてくるわけですね。しかし今回東宝は元々GODZILLA ゴジラ[2014] Blu-ray2枚組のヒットを受けてゴジラ最新作製作を決定した経緯もあるので「ディザスター映画としてのゴジラ」を企画段階から問うという作業をしていく流れになったとも私なんかは推察します。その為以前のゴジラ映画のように一般人に主人公を託すことは諦めて日米の「国家としての危機管理」の違いを浮き彫りする展開にはなりますがあくまでも国家存亡の危機をもたらす危険を取り除く方法とスタンスの違いを描くために矢口とカヨコは対峙しているだけでありました。そして前半の大河内総理と花森防衛大臣余貴美子)の緊迫したやり取りは「日本という国の成り立ちが自然でなんとなく出来上がった」ために誰がどの程度責任を取ればコトが収まるのか?という方向にしか議論が行かない悲喜劇のようでしたあ。花森「総理がご命令してくれば我々は攻撃を開始します」(段取りはできているから号令かけてよ)大河内「しかしぃ」(いいのかなあ、もし取り返しのつかないことになったら)花森「いいですか!撃ちますよ!」(だから失敗したら皆で責任取るんでアンタだけの所為じゃないでしょ、アンタが号令かけないとシタの人間が迷惑すんのよ早くして!)と詰め寄る花森大臣の顔はカッサカサで、いつになく上下びっしり描いたアイラインが困惑と疲労を映し出します、かなり怖いっす。なんで個人的にシン・ゴジラのヒロインと言えば石原さとみでも市川実日子でもなく断然余貴美子サマということになっちゃいますね。

 んで矢口は思わずカヨコに「じゃあ米国の想定外の危機管理というのはどんな風にやるんだよ」とふっかけたりするんですが彼女はそれに対して「大統領が決断するもの」の一言で済ませます。表現を変えると米国はマニュアルで作った国なので崩壊するとしたらマニュアルが間違っていた、あとは知らねえよってことなのでしょう。これも八月の公開時には稚拙で素朴過ぎる議論だなあ・・・笑って済ませていられましたが、今現在に至っては意外と洒落にならない台詞となってしまったのかもしれません。

 

 

 

法螺あぁぁーな女 ⑥ 「アイアムアヒーロー」の片瀬那奈他

 

イマ現在、日本映画におけるゾンビ映画の到達点のひとつ

 このDVDパッケージ観るかぎりは出演者の皆さんあまりゾンビには向いてない御顔立ちのようなんですが・・・有村架純ちゃんは頑張ってましたよ、〇ン〇。まあどう展開されるかは観てのお楽しみということですけど。怖い日本映画ホント苦手なのでゆっくり鑑賞しつつ、そしてとっととまとめて封印したいくらいですが、こういう映画が昨今ぽんぽん出てくるので困ります。ただし日本的な湿気を極力抑えたホラーではあります。後半に登場するアウトレットモールは韓国でロケをしたそうで、すげえなこんなセット作って外国のロケハン呼び込むのかあと感心してたら、実際に倒産したアウトレットモール跡だそうで、そっちの方にびっくり(笑)。日本じゃここまでダイナミックな廃墟は無さそうだしなあ、いかにも「ダサい施設」だからつぶれましたってトコしかないもんね。

二十一世紀になって新たな展開を始めたゾンビ映画ジャンル

 私が子供の頃の「ゾンビ物」と言えばジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」の超怖い映画・・・という以外の印象しかなくあくまでも一部の熱狂的ホラー映画ファンが観るものというイメージがずっとありました。大昔「ゾンビ完全版」の予告編だけ見せられて(確か新宿武蔵野館だったような気がする)困った経験があります。それが2002年にダニー・ボイル監督の「28日後」というわりと普通のドラマっぽい映画が登場し、様相が変わってきました。日本だとそれ以前から映画ではなく「バイオハザード」というゲームソフトでゾンビ物に対する興味というか執着があったものの、なんだか日本映画でゾンビって恥ずかしい・・・という気持ちが先に立ったのかジャパニーズホラーが世界で注目されてもゾンビ映画はなかなか登場しなかったのですが、気が付いたらこんな映画が出てきたわけです。ちょうどトウキョウソナタ [DVD]の公開された翌年の2009年から「アイアムアヒーロー」の原作漫画の連載がスタートし同年に公開された題材はゾンビとは全く関係ないのに感染列島 スタンダード・エディション [DVD]なんていう映画も登場し鳥インフルエンザの感染者が「鳥眼になってんのがなんかゾンビみたい」な表現が登場してきて、その頃からCG上手く使えば日本でもゾンビ物できるんじゃん?な雰囲気がだんだん出来上がってきた気がします。映画製作の内でも外でも準備が揃い始めたところで、うまい具合に韓国の物件が出てきたのだろうか(笑)・・・でも韓国は日本より寒冷な土地だったからラッキーでしたよ。なにせゾンビのルックスってば「湿気」に弱いイメージあるじゃないですかあ、映画の設定では「富士山近くの涼しい土地だとぞきゅん菌は感染が広がらない」という噂が広まって主人公たちは富士山へ行くのですけれどね。

前半部分の「改定」が思わぬテンポを生んだかも

 さて映画の冒頭いわゆるZQN(ゾキュン)が大発生するまでのくだりが意外に長いことに原作漫画を知らない観客は戸惑うかもしれませんがそもそも原作ではコミックス一巻かけてゾキュン発生までを描いているのでこれでもかなりぶった切っているそうでうです。脚色にあたって(「逃げ恥」でも注目の野木亜希子氏が担当)かつては漫画雑誌の新人賞を取ったものの漫画家のアシスタントとして日々を消耗していく30代後半の主人公(大泉洋)の恋人であるてっこ(片瀬那奈)が同棲中に大げんかして罵倒しまくるというシーンで一巻目のドラマを凝縮させるという「省略」を施しているのがミソ。喧嘩別れしたてっこの電話に異変を感じて同棲しているアパートに戻ると、今まさに感染したてっこがゾキュン化していくのを玄関の新聞受けの窓から覗くというかなり古典的ですが怖ーいシーンが強烈なインパクトを与えます。もう大泉洋はそっから恐怖という衝動以外の感情に囚われる余裕も一切なくなり、ゾキュンどもが追いかけてくる街を駆け回り、女子高生の比呂美(有村架純)とともに富士山麓まで一直線に進んでいきます。映画観た後「やっぱTV局が絡んでいない映画だから思いっきりやれたのだ」という賛辞を目にしましたが、逃亡の為タクシーに乗り込み車内のTVをチェックして「トウキョウCHにしてください!」というエピソードが個人的におかしかったです。なんでも「そこのCHが通常放送に固執している間は日本は平和なのだ」という主人公独特の価値基準があり、そこのCHのアニメが中断してニュースに切り替わる際に事態の深刻さに軽く失望するというヤツでした。「アイアムアヒーロー」が地上波で放送されるのは難しいでしょうがもし可能ならばぜひともテレ東でお願いしたいものです。また「この世界の片隅の」と同様長尺をコントロールするのに主人公の動線に従って構成されていることにも注目しましょう。

告白る(コクル)男の矜持とはっ・・・

 んでもって富士山にあるアウトレットモールへ比呂美とともに辿り着き、そこで後半の展開に移っていくのです。二人はモールに立てこもる避難民の集団メンバーの藪(長澤まさみ)と知り合い仲良くなっていきますがあ、そこは食料は徐々に無くなりつつあり、ゾキュンがすぐそこまで追ってきているという状態。大泉洋は漫画の取材のためにライフルの資格を取得していて、後生大事に持ってきたのですが逃げ回るばかりで全く使用していないとか、ありがちですが観客の興味を効果的に引っ張ってくれます。ただし「ヒーロー、ヒーローになる時ぃ♪あ、あ、それは今~♪」なカンジで全篇アクションとバイオレンス描写で突っ走るクライマックスを迎えるにも関わらず凡てが終わった後にスカッとしたマッチョ感がほとんど無いのですよ、なんか寂しい。ゾンビ映画の作り手はそもそもどこかヒューマニズムを表現したいものだ、というのがゾンビ物の評論では常に云われていますし原作でもその辺を狙っているのなら問題はないのですけど。要因としては肝心のヒーローに覚醒した大泉洋よりも一緒に戦う、何かを待っているかのように生き延びる徳井優や予想に反して徹底的にバカ一直線で最後を迎える岡田義徳といった面々にむしろ「普通の人間がヒーローになる瞬間」を感じてしまうのが大きいということかもしれませんが。更に言うと片瀬那奈から有村架純長澤まさみとまるでヒロインがリレーしていくような展開を前半の片瀬那奈の印象が強過ぎるために、映画版ではより思いっきり「暴露」しちゃってるからではないかと(笑)・・・少し思っちゃったよゴメン。野木亜希子脚本だと他にそれが図書館戦争 プレミアムBOX [Blu-ray]岡田准一であろうと重版出来! Blu-ray BOX荒川良々でも滝藤賢一にしても、(あと忘れてましたが「逃げ恥」の星野源もねっ)各々のドラマが「〇〇への想いをいかに告白る」かについての葛藤を描くのが結局一番の見どころになっちゃうらしいです。だから映画ラストには大泉洋何かを告白る必要が生じるのでお楽しみにして下さい。ただし若干「よごれたひでお」感はあるやもしれません。

 

民俗学(フォークロア)の女 ② 「この世界の片隅に」のすず(本名は能年玲奈さん)

 

この世界の片隅に [Blu-ray]

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 公開初日に観たぜ!!だから書くぜ!

 「君の名は」。はて、どんなカテゴリーの名前にしようかなあ?と考えて何故か「フォークロア」という単語が浮かんだのと、日を置かず「神聖なる一族24人の娘たち」とい露映画が実に好対照でなお且つ可笑しかったのでそれとまとめればいいかなあ・・・と思ってた矢先にこの映画観ました。ネットで大評判なのは良いのですが、絶賛、感動、だけど物足りない・・・等どんどん映画評がぐちゃぐちゃしてまいりまして、おい!何でもかんでも一本の映画で済まそうとするなあ~(怒)て読んでるこちらの方が滅入ってくるくらいでやんなっちゃった。(まあSNSのタイムラインなんかしょっちゅう観なきゃいいだけですが)なんで私しゃこの際よくできた「民話の味わい」だと思って観ろや! とあえて提言させていただきたい。(まあプロの民俗学者さんがこの映画をよくできた妖怪映画と評するコラムもネットでは既に載っているようですが)のんちゃん(て云わなきゃいけないので)の語りがまた独特で「その年齢でポスト市原悦子に迫るのかい?」ぐらいにはハマっています。

もうひとつの「ドラマ」は広島と呉の街

 映画をご覧になった方々は皆オンナの人生とか、戦中の人びとを描いた群像劇・・・とかいろいろ「まとめて」おっしゃいます。ただ主人公すずの中にどうしても存在する漠然とした「罪の意識」というやつが原作漫画の段階で強く底に流れていると推測できる為、あまりにも人間関係に重きを置いて映画の構成を考えるのは無理があるような気がしてなりません。すずは広島市内の海辺の集落に生まれ育ち、何故か呉の海軍基地に勤める海軍の技術士官の青年に見初められて18でお嫁に行く。嫁ぎ先は家の段々畑から呉の湾内を一望できる山の上にある村で、なんだか解からないけど生活に慣れようと必死に頑張るのでした。映画冒頭はすずの少女時代のエピソードから「昔からぼーっとしたコで・・・」ていうヒロインのモノローグで始まります。この出だしが私なんかは非常に秀逸で、あとから続く物語も非常に入って行きやすかったのですが、とにかく時代考証全般やミニタリーマニアといったリアリティ重視の観客からすると掘り下げ不足と感じるヒトもいるのでしょうか。少女時代に遭遇する「すずが出会う不思議な子供たち」が既にすずの人生における光と影の存在なんだと納得して私なんか済んじゃうけどね。

呉の街を生きていく「すずの動線」にこそ注目しよう

 すごいのは実際の呉市の出身で他県に出たシニアの方々が「映画を観て自分の故郷に始めて誇りが持てるようになった」だの「私は昔呉に住んでいてホントにあの映画の通りだった」だのの発言がでてきたというエピソードです。それだけ映画ではヨソから嫁いできたすずの目線から呉市のパノラマ」が形成されているからでしょう。映画全篇を通してすずが婚家から見下ろす呉の港や、呉の街をさまよい歩き遊女のリンと出会う花街や闇の市などを観客は一緒に体験することになります。まあおそらくそう仮定した方が、原作から何を省略したかの議論が多少すっきりはするでしょうし(笑)。一部の原作ファンは遊郭のエピソードを主に削ったのに不満の声もあるようですが、そこは監督の「戦略勝ち」でもあるので仕方がありません。(ちなみに映画だけ観る私は当初違和感を覚えなかった)それだけキャラクターの「アクション」は話を転がすのに重要だということ、映像だからね。観客は呉の街を縦横するすずの動線によって戦時中の風俗やキャラクターたちの心理も追いかけていく構成なので、遊郭はあくまも「寄り道のエアスポット」のように描かれており結果として原作からは最も改変されている部分なのかもしれません。でも当時の年若い主婦が同い年だからって遊女たちと接点を持つというのもなかなか有り得ないことでして、原作漫画にエピソードを入れ込むのも実はわりと難儀したのかな・・・ぐらいに想像してみた方が良いかも。まあ私個人としては、すずの夫周作が「無理して遠い処に嫁いできて」とかやたらに発言する(もっとも原作からそうなのかもしれませんが)のに少しだけしらけましてぇ(笑)、この時代一旦嫁いでも厭なら実家帰るの普通だってもっとはっきり表現するシーンがあればいいのにかったるいいなあぁぁぁ・・・と感じるところは若干ありましたあ。(映画ではすずと周作夫婦のエピソードが追加されてるらしいのを聞き及んだこともあり)男目線だとそんなことばっか気になるのかね。

公開前から抱いていた漠然とした不安が最後の「スタッフロール」でやっと解消♡

 正直映画予告編から「ほろっ」とはきていたものの、なんとなく鑑賞をためらう気持ちがあり、そしてまた公開直前のタイミングでネット上では「アニメーター人員確保できずに秋放送の数本アニメシリーズ製作断念」などの話題が持ちきりなるとか・・・もう「この世界の片隅に」を褒めれば褒める程悲しくて悲しくてとてもやりきれない気持ちにしかならなかったらどうしようぅ・・・という不安がずーっと映画を観ている最中も消えなかったのでした。ぶっちゃけ「不安」ゆえに勢いで息子を誘い、近所のシネコンへ行ったらたまたま公開初日だったというわけです。劇場内は中学生の息子を除きほぼシニア層ばかりで、「君の名」では感情移入の激しさからグニャグニャのへたれだったのに意外とピンシャンしていて(しかし映画鑑賞後は緊張がほどけてぐったりしていた)とにかくほっと一息つきました。スタッフロールではアニメーターの数がぐっと減っているのを確認し(かつてのジブリアニメと比べたら四文の一もいなさそう)いよいよ寂しくなるかと思った瞬間、例のクラウドファンディングの参加者名がダダーと表示が始まりましてかなり嬉しくなりました。今でも日本のアニメのスタッフに外国人名が出てくると少し気分を害する手合いがいるかどうかは解かりませんがクラウドファンディングに外国人名を見つけるとこっちまで勇気が湧いてきます。そういや世間ではもう21世紀なわけだし、蓄積してきたノウハウを結集して作り上げた〇〇のほにゃらら撮影所最後の傑作〇代劇映画!・・・に似た文脈で「この世界の片隅に」を後々紹介しなくても良いのかもしれない、少しだけ安心した瞬間でした。

 

   

フォークロア(民俗学)の女 ① 「君の名は」の宮水三葉(上白石萌音)

 

 

 想像していたのと違ってたからさ

 春先から「シン・ゴジラ」とコミで予告編がバンバン流れていて、それで公開前から新海誠の名をよく知らないヤングの間でも期待が高まったことが現在の大ヒットをけん引する理由のひとつにはなったと思う。とにかくうちの息子ときたら中二病まっさかりのお年頃だからさ連れてけって煩かったのよ・・・で感想としては恋愛ものとしてよりもディザスターもしくはスクラップ&ビルド映画としての面白さの方により感心した次第です。新海誠という名前は知る人ぞ知るという印象だったのですが、一見してかなりダイレクトに自伝的(と言っても心理的な意味ですが)要素が盛り込まれているのではっ、という気がしてならず、監督郷里の長野でも話題で持ちきりとか舞台になった岐阜のあたりでにわかに観光客が増すなどと言った話題を目にする度に「この監督さん年末に実家に帰省する時いろいろ困ったりしないといいけど」・・・ついお節介な心配をしたくなるような内容でありましたのさ。

ねつ造される記憶

 今や観てない人でも知っている「ワタシタチイレカワッテイル~~」な設定を「互いに相手の経験を勝手にねつ造している」と言い換えてみてもいいかもしれません。主人公二人である立花瀧神木隆之介)と宮水三葉上白石萌音)が前半互いに入れ替わるのですが、東京にいる瀧よりも山深い岐阜の田舎町で暮らす三葉の生活の方が圧倒的なリアリティで迫ってくるのを感じる観客の反応は日本だけではなくこれから公開される韓国や英国の観客にも同様に持たされるのではないかと予想されます。それだけ三葉を取り巻く周囲の設定は綿密に計算されているのがポイントと言えましょう。三葉は代々続く神社の家の娘で古くから伝わる地元の行事として妹とともに神楽の舞なんか踊ってみせたりするのですが、もうモロ近代神楽(明治以降に作られてる)の「浦安の舞」そのものですからねあんなの。他にも「口かみ酒」なんて小道具も登場して一部ネットでブーイングが出たりしましたけど、おそらく確信犯的に強調してます。それだけ三葉の日常そのものが様々な「ねつ造」に満ち溢れているのですよ。もはや合理性や有効性を失っているのにも関わらず生活者たちが拘るルーティーンを風刺するのにもデフォルメ表現に長けたアニメこそ有効ということでしょうか。あちら(US)ではズートピア MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]なんてのもありましたがこちら(JPN)はこちらでいろいろこんがらがった事情があるものなのさあ。

継承されるもの要らないもの

 また宮水神社ときたら、一家の秘伝としての「組紐」なんて技術を持っておりそれを絶やさず後世に残さなきゃいけないってんで三葉の姉妹は祖母ちゃん(市原悦子)から日々薫陶を受け、文句も言わずに学んでいる。お母さんは亡くなっていてお父さんは地元糸寄の町長なのに家は出てってしまったという具合。「このままゆっくりと没落していきそうな母系家族」であるのだよ。糸寄町に伝わる古くからの風習にはきちんと意味があり守らなければならないのだけどそれを伝える古文書がある日火事ですべて焼失してしまったので口伝にして代々引き継がれるということになり、おかげで祖母ちゃんはそりゃもう煩い。祖母ちゃんの話や(唐突なまでに深刻な感触を受ける)三葉の家族の過去のエピソードが案外重要になっているのもぜひ見逃さないでね。三葉の父がいきなりブチ切れて反逆するくだりが「はあぁぁぁ・・?」という感じになる方(特に若い女性)が多いかもしれませんが、実は「突然マスオさんがぐれて暴れて家族崩壊」ってケースが地方の家ではよく聞く話なんですよお、意外と。三葉の境遇の閉塞感はすぐに共有できても三葉父の抱える葛藤にはとんと想像がつきそうにもないですが、瀧がむさぼるように読む「糸寄町の事件」に関する記事の中に三葉の父のプロフィールが紹介されているのですけど「民俗学者から政治家に転身」って記述があってなんかエライ怖かったですぅ。地方って郷土史家とか多いでしょう?ホント多いんですよ土地の歴史とか風習について突っ込んで研究するのが趣味の人・・・そうしてその手の探究についてどっぷりハマるタイプって、それだけ愛憎の感情に引き裂かれているタイプってことなので。こと「伝承」だの「歴史や伝統」について土地の人間が何かしらねつ造を施すことについての怒りが凄いんだわって思いました。だから三葉の髪が宮水家に伝わる組紐で結ばれているのはこの映画ではとても大事なことを象徴するアイテムだろうと思うのですが、それがまた一部で「あんな布ヒモで女子高生が髪を結うなんてリアリティゼロじゃあ!嘘っぽいもいいとこ」と騒がれたのがなんとも皮肉。

「擦れ違う二人」がどうして四谷駅なのか?と感動のラストの場所のモデルはどこだよ

 現在(2016年11月)も劇場公開中につき、これでもネタバレせぬように精一杯頑張って書いてますが(笑)、三葉と瀧の入れ替わりがあることで急に終わりを告げ、今までどちらかと言えば脇に置かれていた瀧の方の内面が映画後半から大きく変貌を遂げていきます。そうして三葉と瀧の時空を超えた苦闘と冒険が展開されるのですね。アニメって長時間観るのが結構つらいのは「ボーっとしていると目の前で何が起きているのか理解できなくなる」ぐらいユーザーに集中力を要求するからなんです、だってデフォルメ(絵)しか存在しないわけですから。なので二人の苦闘はまるで針に糸を通すようなしんどさを感じる。もうそのくだりが終わった後にぐったりしてしまって、ラスト近くの滝が抱えてる喪失感を表現するシーンはもうどうでもいいやあ~ってちょっと思うぐらい。瀧は夢の中で出会う三葉より現実のバイトで出会う年上の美人奥寺ミキ長澤まさみ)に恋をしないの何故なんだそっちでいいじゃんか、といぶかる意見のオッサンもいたりしますので、よほど後半部分は観ていてつらかったのではという気がしてくるね。

 そんでも元気いっぱいのヤングは最後の最後にマジでほっとするし、大人になって成長した瀧の姿に共感するんだね。ただどうしてあそこまで成人した瀧は暗くなって、あそこまでお互い感涙の涙まで流すのかは不思議だったの、御免ねオバサンだから(笑)あとJR四谷駅が詳細に登場するのですが、そうか四谷ってそんなにドラマチックに似合う駅だったのかあ・・・とは感心しました。かの名曲竹内まりやの「駅」の歌詞の情景に当てはまりそうっちゃそうかも。で、感動のラストの場面は千駄ヶ谷だそうで(改めて見直したら二人とも総武線に乗っていて一緒に降りた駅ということになっているらしい)私劇場公開時では「四谷の近くでそんなに坂の多いトコあったけか?」が疑問でしたが総武/中央線て長大なので人によってイメージが大幅に違うから解る人にはすぐ解るのかも。

 ところで余計な話ですが今「千駄ヶ谷」は都内の人気居住スポットとしてはどんなポジションなんでしょう。(笑)いろんな交通アクセスが増えたせいなんでしょうか、バブル時よりは魅力が失せたのか意外と賃貸お安かった・・・新築物件が少ないからかしらん。