フォークロアの女 「GET OUT」のアリソン・ウィリアムズ

うるさ型映画ファンには2017年ハリウッド映画NO1押しの人多いのかな?

 秋口になると「今年のマイベスト」とか語り出す映画ファンが多いのですがこの「GET OUT」とMiss Sloane [Blu-ray]を一緒にあげる人たちは知的エンタテインメント好きな映画ファンということでよろしいんでしょうかね。私は今年5月の段階でこの低予算の映画が全米NO1になったという話題だけは知っていましたが、もうさわりを観るだけでなんとなく「鬱っぽい」不穏な雰囲気が気になり、ちょっと不安になりながら観に行きました・・・結果としてやっぱり暗かったんですが全米NO1になったのはよく判りました。私以前から何となく感じていたなぜだかハリウッド映画に多い「お婿さん受難映画」の典型ですよね。エドガー・アラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」みたいなヤツとかさ。もっとメジャーなところでは風と共に去りぬ [Blu-ray]なんてのもお婿さん受難映画として考えると様相が全く異なって見えるので・・・。んでこの手の「これから彼女の実家に行くんだ」から始まる映画はたいてい豪快なアクション映画(もしくはドタバタ喜劇)で、そこの主人公達はだいたい皆マッチョで知的で二枚目の役者が怖がらずに堂々と向かうのが通例だったのですが、その点この映画は非常に正直といおうか主役のクリス(ダニエル・カルーヤ)が都会の成功した若手写真家でしかもマッチョな二枚目なのはともかく、かなり無理して内心ビビっているのを隠しながら彼女のローズ(アリソン・ウィリアムズ)と実家へと向かう、マイケル・エイブルスのオリジナル曲に乗って・・・まずこの主題曲のインパクトが強烈です。(ブルース調のメロディーにスワヒリ語と英語を混ぜた歌詞らしい)映画冒頭に三曲の異なるサウンドの曲の攻撃に観客は圧倒されるのがこの映画演出の最大の妙かも。監督のジョーダン・ピールはコメディアン出身だそうですがとにかくこの監督「耳が良い」のですよ、ホラー映画としての魅力もそこにあるの。

「異なる音」で人種間の文化の違いや緊張感を描き分けるのさ

 ローズの実家のある地域は殆ど深い森の中にあるといっていい。ドライブしていると横からいきなり野生の鹿が道路に飛び出してきて横切るから思わず轢いちゃうくらい。住民は公務員含めてほぼ白人ばかり。ところが実家に到着すると家には黒人の家政婦(ベティ・ガブリエル)と管理人(マーカス・ヘンダーソン)が居たりする。彼らの存在を巡って起こるローズとクリスの会話や恋人同士としてのコミニュケーションを映画終わった後振り返るとなかなか興味深いというかホラー映画とは別の側面が浮かび上がりますよ。クリスはローズの家族や親戚が自分とは違う白人ばかりで阻害感を味わうのとなぜだか「アフリカ系ぽくないアフリカ系の人々」が数人混ざっている状態に不安を覚えるようになります。一晩泊まってクリスの歓迎会を兼ねて親戚そろったパーティーをするのだけど、とにかく変。芝居としてはもう見え見えというかひたすら「もう主人公はどうにかなりそうだ」な印象で続くのですが 、都会の人間には馴染みのない物音、効果音、乾いた声でしゃべるとっつきの悪いローズの家の黒人の使用人達、映画冒頭からクリスが電話で会話する親友のロッド(リル・レル・ハワリー)のマシンガントーク、そして白人たちのゆっくりしていながら威圧感がある会話・・・これらの登場人物の台詞を含めた音の取り合わせの妙がクリスの焦燥感を募らせていきます。特にコメディアンでもあるロッドの台詞回しは(台詞の内容は平易なんだけど一定のリズムでぶれがないのよ)まるで一本の直線のように画面に見えるんじゃないかって感じ、そこが凄かった。そんなパニクっているクリスに恋人ローズのささやく台詞が救いになっていくのでした・・・流れを観ていけばソレっておかしいけど、感情的にはローズにホッとしちゃうよね、特に男子はさ。

映画のラストは変更されたのさ

 脚本の段階では現在日本で劇場公開されているものとは違っているんだそう、というかだいぶ周囲に反対されたり映画撮影中にあった出来事によって監督はラストを変更しようと決断したみたいですね、でも未だ当初想定していたラストに監督はこだわりがある様子。(なんでUS版のDVDには当初予定されていたラストシーンが収録されている)いまだ米国には人種差別が現存している事をアピールするためには今日本で公開されているバージョンでは不十分だという事らしいのだけど・・・どうも理由がそれだけではないような。終盤に主人公を追いかけてくるローズの暴走ぶりというのは狂気駆られているけど同時にとても悲しい姿なのよ元彼としては。ローズの心理いおうか「一体どんな育ち方したらこうなるの?」な設定を振り返ると、トンでも一家の掟に最も忠実で最も深くスポイルされ「家族環境の犠牲になって意識の底で感情が引き裂かれている」ってことだからね。本気で恋愛した主人公には彼女の苦しみを理解出来るっていうか理解出来るぜ俺はぁ、と主張したいのさ!。最後の最後まで絶体絶命のピンチに遭うクリスを辛くもロッドが救出してくれて「そうさ俺はT.W.mother fuckin.yeah~」とか何とかマシンガントークでまとめてくれるから主人公も観客もホッとするのだけどね。「やっぱり俺の言うとおり彼女はBitchだったろ~?」とかまされると何だかね、それ少し違うんだというのを表現したい気はする。とはいえ脚本当初のエンディングに直しても人種問題という社会派を超えて深遠かつ怪奇な悲恋物語になるわけではないですからねぇ。折しもゴールデングローブ賞ではミュージカルコメディ部門で「GET OUT」がノミネートとか、制作側としては鬱屈としたフラストレーションがたまる事が続きそう。

 んで当初主人公が写真家なのがありきたりっていうか陳腐だなあ・・・って気がしてたんですが盲目の画商(スティーヴン・ルート)なる人物が登場し「君は目が良いんだな、君の目が欲しいくらいだ」って言い出して、ああっ「監督の個人的体験に基づいて構想された」ってそうゆうことなのかと思い当たりました。(笑)

 

 

 

 

 

トンデモ悪女伝説⑦「恐怖分子」のユー・アン・シュン

 

恐怖分子 デジタルリマスター版 [Blu-ray]

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 とにかく観た後に「落ち込む」若い男は多そう、な映画

 この前名画座でやっと観られたんだけど、上映終わって足早に帰ろうとする20代の男子の顔が暗かった(笑)もんね。今年三月にリバイバルロードショーした牯嶺街少年殺人事件 [Blu-ray]も今時の若い男子には内容的にきつそうな映画。だって出てくる女の子達が日本と同じような顔立ちのアジア系でしかも日本の女の子より清楚な美人なのに性格の方は意志強固だし論理的で賢そうなのw。中国の知的レベルの高い女の人ってたいていの日本男子には太刀打ちできないのかもしれないわ。特にエドワード・ヤンの映画に登場する彼女たちは自分のやりたいことに率直だし相手の男に引きずられないで綺麗に男を「切る」んだよね。↑の写真の女の子なんか典型的。一見難しいけど映画観たあとに直感的に何か傷つく、て印象がエドワード・ヤンの映画にはあるみたいだけど説明が難しいのさ。ヒントになるかどうかだけど乃木坂46インフルエンサー」て曲があるでしょう? アレの歌詞の内容を理解した後でこの「恐怖分子」観ると登場する男性達の気持ちがより身につまされて共感できるかもしれない。[infuluence]から派生したのがインフルエンサーなのだけど昔イタリアで占星術師が惑星の配列によって引き起こされる流感を「インフルエンザ」と呼んだのね。だから影響を与える、感化する人間が引き起こす事象は決して良い事ばかりじゃない。其れこそ「死」を呼ぶかもしれないし。映画は1986年初公開されて「恐怖分子ってどういう意味なの?」と今でも観た人の間で議論が起きるのですがじゃあ2017年の今日だと恐怖のインフルエンサーて謂えば良いのかな。

台北郊外のアパートから始まる

 そのアパートの一室では賭博が行われていて、そこに警察の手入れがあり、窓からブルージーンズに白いTシャツ姿の若者が落っこちてくる。中性的だから一見少年みたいな雰囲気だけどよく観るとショートカットの似合う美少女(リー・アン・シュン)。その手入れの現場に居合わせてちゃっかりと事件現場の写真を撮る若い男がいる。皆逃げてガランとした賭博の部屋にいきなりマシンガンが炸裂する(死んだヤツも一人いる)けど、その他は妙に静かに淡々としたもの。んで台湾版のシックな渡哲也かって感じの警部(Bao-ming-Gu)が率いる警察が捕まえたのは上半身裸の長髪男で、飛び降りた少女はけがをして逃げる途中の横断歩道上でぶっ倒れて、若い男はその姿をひたすら写真に撮っていく。コレだけだと何が何だか解らない・・・おまけにこの後はしばらく賭博の取り締まり事件とは全く関係ない夫婦のエピソードが続く。「恐怖分子」未見の人には本当につまらない出だしだと思うのかな?まあひょっとしたらヘンテコで退屈なだけかもね。でも今観ても驚くほど表現がスタイリッシュでシックなの。同じアジアの日本だから余計このシックで洒落た感じが羨ましい。人の死ぬ様子とか登場人物がやたらと歩く姿とかどっかで観たことあるなあと思ったけどその男、凶暴につき [Blu-ray]にちょっと感じが似ているかな。でも世界の北野初監督作品にはこの映画みたいな無印良品のような趣味の良さは無いw。背景の色彩も衣装もモノトーンが基調でアクセントに緑と赤を使ってるのがかっちょいー、80年代の「お洒落系アジア」の描き方はこうゆうもんだったわ。でも映画で実現させたのはエドワード・ヤンだけだったのかあ。・・・ちなみに「恐怖分子」の日本の一般公開は1995年で、「その男・・・」の公開は1989年さ。「恐怖分子」と「その男・・・」が似ているのが偶然過ぎで怖い。

各登場人物が「一方的に」語り行動するだけ

 一転して医局に勤める医師の夫(李立群)と作家の妻(コーラ・ミャオ)を中心に物語が本格的に動き出すのだけど夫は勤め先の病院で、妻は執筆する意欲を枯渇して、それぞれ仕事に問題を抱えているのが描写されていく。夫は病院内での汚職事件に巻き込まれて、妻は締め切り迫っても何も書けず昔の恋人(シウ・チン・キン)に自分の会社で働かないかと誘われる。夫婦は子供もいなくて倦怠期。そんなところへ冒頭の賭博事件に出てきた美少女が何故だか医師の家に電話をかけてきて(彼女は電話帳で目当ての同姓同名の家に片っ端から電話しているから)妻は空き部屋になった筈の賭博の部屋に出かけていって・・・そこの空き部屋では事件の写真を撮ったカメラ青年に出会って、とまあ唐突な感じで話はつながります。ヨーロッパやハリウッドだと「部屋」とか「場所舞台」の存在感がスゴイのですがアジアはそうではなくあくまでも「登場人物」のつながりで話が進むんで、映像的には観慣れないのですが同じアジアの日本人にはお話分かり安いのねw。でもお互いに動機はバラバラ、作家の妻はイタズラ電話に触発されて小説の着想をするし、カメラ青年は賭博事件で出会った女の子が忘れられなくてもう一度会いたくて自分の彼女を振っちゃうし、後に医師の夫はイタズラ電話のせいで妻は自分と離婚を考えるようになったとパニクるし・・・まあ一種のミステリー仕立てといおうか、スリラーぽいのですが、この映画の最もスリラーっちっくなのは、ひたすら女達が男には謎でつれない態度で、男側は常に「自分の都合の良い解釈」をしてしつこいってことかも。しかしイタズラ電話の女の子の「恐ろしさ」はひたすら男達の想像の上をいくのだよっ。

悪夢のような「ただ繰り返す女たち」

 映画の中の主要ヒロインといえばやはり作家の妻になるのですが医師の夫と愛人との間を行き交いながらも、彼女の人生出来事全てを小説を書く材料に使ってしまう為に結局自分の本当の感情は何処にあったのか解らなくなってしまう女性なので困ります。しかもすぐ開き直って相手の男性達(夫にも愛人にも)ガンガン訴えるので男達は混乱して不安になっちゃう、それがまた執着を呼ぶというひたすらめんどくさい事に・・・でもまあ作家の妻がついエキセントリックになってしまうのはインテリ美人だからしょうがないとしても、イタズラ電話娘の方はさらに厄介。彼女が捕まった不良の彼氏がどうしても必要で騒動を起こすのですが、その一方では街に出て金持ちの中年男を引っかけてホテルに入り、金品を盗む事を繰り返す。彼氏さえいれば「美人局」が成立するのでチョロいのですが、一人じゃ大変・・・でもたった一人でも平気で挑戦するんだよこの娘は。普通なら美人局ってカップルの女の子は男に促されてやりそうなイメージなんだけど、彼女の場合は憑かれたような強い動機があってやっているようにしか見えない。でもその動機も映画では最後まで全く説明されない。せいぜい母子家庭っぽい家の娘ってだけなの。それが怖い・・・悪夢かよってくらい怖いシーンもありますからね。それをごく普通にさらっと描いているけど、よく考えたら「すげー変」て映画終わってからしばらく経って気がつきますよお。↑のパッケージの写真見たら、もう可愛いでしょうこの娘?このショートカットの可愛さがくせ者。(笑)

あくまでも主人公の主張かもよっ

 医師の夫は当初病院内での汚職事件は自分の親友が主犯で、そのあおりを受けて上司が急死しちゃってさあ~と家では妻に話している。汚職事件そのものも映画では背景として台詞で語られるだけだし、この設定の最も重要な部分は若くして心臓発作で亡くなったその上司に対して「あの課長奥さんに最近愛人ができたって言って悩んでたみたい」と部下が噂しているシーンがあるからだったりするからさ。どんだけ汚職事件が医師の夫の気持ちをかき乱しているのかが観客にはさっぱり判らないし物語のなかでたいした重要事項だとは思えないの。ただ映画前半の夫は死んだ上司のポストが自分に転がり込むと信じていて妻にもガンガンにアピールするけど彼女は全く興味がなくて夫に対しては「子供が出来ないから別れたい」の一点張りで強引に別れを告げるの。夫は妻とのいざこざに追い立てられているうちに出世を同僚に取られてしかも病院の幹部には汚職事件の首謀者と断定されてしまう。終盤は夫の暴走に走るシーンがとにかくスタイリッシュに描かれて、ええ!? ついさっきまでのは一体何だったの?て感じて唐突に終わる。まるで悪夢が終了するみたいに。・・・映画終わって少し悩むけど、「あのオッサン本当はリベートもらってたの隠しててバレただけじゃねえか?」て私は思ったさ。そうすると別れた妻が医師の夫か愛人かよく判らない子供を孕んでいるのに気がつくシーンも納得できるしね。恐怖分子(インフルエンサー)はスピンしながら拡散するのさ。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

しょくぎょうふじん⑧ 「チア☆ダン」の天海祐希

 

いま現在の(2017年)日本映画に対してクサすならば

 特に日本映画の中の「女性と職業のあり方と社会進出認められ方」について苦言を呈したい貴女ならまず真っ先にこの「チア☆ダン」とまだ劇場公開している「奥田民生になりたいBOYと出会う男すべて狂わせGIRL」を観た上で積極的にクサしましょう。そしてどうしてドチラの映画にも天海祐希が出演しているのかが偶然なのかどうか?ってことです。「新感染ファイナル・エクスプレス」も確かに面白いゾンビ物&如何にも韓流感動映画ですが、今や日本映画を韓流モノと比較して文句言っている段階じゃあありません。つい最近まで「日本の理想の女性上司ナンバーワン」としてフィーチャーされ、TVドラマにひっぱりだこだった天海祐希までもが映画出演の方が目立つ今年。永年映画とTVドラマはコンテンツとして全くの別物として存在していた日本ならではの特殊な環境がようやく終わろうとしている時代に「大昔の日本映画と現代の外国映画さえ褒めとけば後は映画なんてどうでも良い」という一部フェミニストの映画ファンの態度じゃやってけないと思います。特に小学生から高校までの年頃のお嬢さんのいるご家庭では是非鑑賞おすすめします。ごく単純に面白くて元気が出る映画ですし。あと劇場公開時に鑑賞逃してケチってYOU TUBEで観ている方(笑)大画面が観た方がいっそう楽しいシーンが実は「チアダンスシーン以外」にこそあるんだぜっ、詳しく教えてあげるわよ~おーほっほっほ♡

まだ「LALALAND」を観たばっかりだったんで

 またこの映画もミュージカルだったのか?と一瞬見まごうシーンもありましたが、後にDVDでもう一度観た時はダンスで彼女達の気分やノリを表したのねって気がつきました。広瀬すず中条あやみ以外にも新人女優の「顔見せ映画」としての一面もありますから今後の押しの女優も探してみてください。映画の冒頭から主人公のひかり(広瀬すず)を始め皆ダンスがだんだん上手になっていく課程を見せていき、いよいよ全米の大会が本格的に彼女たちの目標になった時点で、ちょっとしたダンスシーンが入るのが楽しい。劇場で観た時には映画前半部のクライマックスに当たる、夜の街で一人ストリートダンスする唯(山崎紘菜)にひかりと彩乃(中条あやみ)が加わって三人で踊るトコが印象に残ったのですが、DVDで見直したらまだ彼女たちそれほど上手くは踊れていなくて私もおばさんなりに自然と若い女の子達の青春ストーリーにストンとはまり過ぎていたのかと改めて思いました(笑)。シネコンの劇場も思った以上におばさん&シニア女性の割合が高く、年頃のお嬢さん方が「まあ皆さん娘さんらしくなってぇ」と感慨にふけって喜ぶほど自分も「老いたり」と感じましたわ。で、そんでもって「此の子たちにも年相応に娘時代を送らせねばっ」と若い女の子達を𠮟咤するおばさんというのはよく「おでこは全開にするものなのだっ」とのたまうものなのです。チア部の鬼顧問のおばさん教師早乙女(天海祐希)のように。

未だ映画のモデル(部活動)も存在しているからこそのリアル感

 映画は抜けるような青い空のアメリカの風景から一瞬で「福井」のタイトルとともにどよーんとした湿気を含んだ山陰の風景に変わります。この辺のベタな演出を非常に嫌う方もおられるようですが、私自身は製作者側と被取材側の関係の近さが肌で感じられる脚本と演出だとそれなりに興味深く感じております、なんたって「事実に基づくストーリー」てやつですし(笑)。459(じごく)の車ナンバーと車の所有者早乙女が語る「それじゃ地獄よ福井地獄よずーっと福井のままよ」の台詞が繰り返されるの最初は自虐的な「福井アピール」だと笑って観てたのですが、そのうちに「このへんの描写福井地元民のお怒りに触れるスレスレなのでは」と少し心配になりまして、後で「やっぱりロケーションは福井じゃなくて新潟かっ」とかチェックしてしまいました。他にもひかり達と袂を分かつチア部の同級生役として柳ゆり菜がバレエをそれなりに披露していますが、肢体がバレリーナというよりやはりグラビアアイドル仕様なわけでこれにもイラッとくる方もいるらしいのです。しかしながらこの映画の柳ゆり菜は出演する他のどの女子高生よりも福井弁のイントネーションが素晴らしく、役柄が地元旧家の広いお屋敷に住むお嬢様でひかり達がチア部の解散危機を防ごうと誘っても「私やっぱりバレエを始める」と断ってしまうやや痛い感じの女の子になっていました。んで夫はこのお嬢様役が柳ゆり菜だと途中から気がついたけど私は当初エンドロールで見つけて少し驚いたくらいでしたよ。私観た後なぜだかかつての大映ドラマ「スワンの涙」におけるヒロイン宮沢りえ(初主演ドラマだったのさ)のライバル武田久美子を唐突に思い出したんですが、柳さんこれで女優としては武田久美子越えしたと思われます。それからひかりのお父さん(木下隆行)がかつて福井商業が甲子園準優勝した時のレギュラーになっている設定だとか。何故そんなマニアックな「部分」に凝るのだろう?ホントにそんな事実があって映画に盛ったのか?・・・等、不思議な見所がありましたね、これは大人向き(といおうかおっさん向き)な映画としての魅力かも。ひょっとしたら監督(河合勇人)の趣味なのかな?俺物語!!(通常版) [DVD]も撮った方なのですがこの映画も非常にティーンムービーのはずなのにオッサン支持が絶大といおうか以前映画館にて「俺物語!!」の予告編も食い入るように見つめていた中年サラリーマンが「コレ今度観たいな観たいけど恥ずかしいから劇場で観られないでも観たい」と背中で訴えているのを見かけ、驚愕した記憶があります。(笑)

「世界のてっぺんに立った」・・・でも「福井」からは逃れられないのかっ

 んで、ひかり達がチアダンス世界選手権で見せるダンスシーンに関しては私、それほど苦言もございません。かつてのチアーズ! ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組) [Blu-ray]のシリーズや実際に全米のスポーツリーグで活躍するチアリーダー達のダンスを取り上げた映像コンテンツ等と比較してみたら、出演者のチアダンスを一曲ぶっ通しで撮ったのをベースにして編集してストーリーを語っている(合間に福井と中継されて地元で応援しているのを描写していたり、USの実況アナウンサーの適当さも実態に近そうw)ているだけでも、たいしたもんなのかもしれないし。むしろなんだか「がっくり」きたのはエピローグシーンでひかりや彩乃が卒業後に自分の夢を見つけたり実現したりするくだりの方だったりしたかもぉ。きっと地元の福井の大人達は安心できるような「大人像」なんでしょうけど。選手権の決勝前に「早乙女先生の葛藤と軌跡」の回想シーンがつづられるのですが熱血教師という以上に地方では教職というポジションがいかにデカいか、はっきり言って「社会起業家並レベル」まで求められているかも、ぐらいの活躍と思い詰め方にびっくりしたもので。それなのに後でコレなのかあ・・・て気がしましたよ。「世界のてっぺんたどり着いた時に見える風景があるのっ」て早乙女先生は激を飛ばすのですが、見えたのは〇〇の天井ではなく福井の厚き壁(福井の大人達の想像のつかないことはやっちゃ駄目w)だったのかも。まあ「女の子のキャリア問題」に関しては2018年度のTVドラマ版に期待をつなげた方が良いってことなのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しょくぎょうふじん ⑦ 「ジェネラルルージュの凱旋」の竹内結子

 

ジェネラル・ルージュの凱旋 [DVD]

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 原作の田口、白鳥シリーズはどっちも男性です。

 それを映画化の際に心療内科医の田口役を田口公子(竹内結子)として女性に置き換えたのがこの映画。海棠尊の田口、白鳥シリーズでは他に「ケルベロスの肖像」が伊藤淳史仲村トオル主演で映画化されており伊藤淳史が田口役を務めています。映画化にあたり田口を女性に換えたのは中村義弘監督の強い希望だそうで、映画では田口が病院や医療関係者とソフトボールチームでピッチャーをやっているシーンが話のポイントになったりさえしているのですが、シリーズが続くにつれ原作小説の男性田口は戦車マニアになったりともう絶対に田口を女優にはやらせないとの原作者の意向が強くなったようで(笑)竹内結子の田口役はチーム・バチスタの栄光 [DVD]とこの「ジェネラル・ルージュ・・・」の二作でピリオドになりました。ジェネラルルージュこと速水晃一(堺雅人)がもう裏の主役じゃね?ぐらいの存在感があり、この役で堺雅人日本アカデミー賞助演男優賞を取った・・といおうかももう殆ど半沢直樹の予告編のような活躍ぶりです。今回この映画を取り上げた理由として一番の興味は主にどうして田口公平が田口公子に変更されたのか?に集中しているのですが。通常ミステリーにおいて探偵役の性別や年齢の設定は極めて重要とされ,、本来探偵役のキャラクターの性別を換えるなんてのはとんでもない愚行にあたると考えるのが本格的なミステリーファンの心得なんです。某有名推理作家の場合はあまりにも映像化にあたり探偵役の設定を勝手に変えるのに怒って映像化を断るようになったという話もあるくらい。で、映画を観ただけの私自身の印象としては「チーム・バチスタの栄光」で作家デビューした海棠尊氏が田口を「不定愁訴の外来を受け持っている」という設定にしたのが運の尽きだったね失敗したね気の毒にという事くらいでしょうかね。

白鳥&田口は「完全なるホームズ&ワトソン」ではない

 「ロジカルモンスター」の異名を持つ厚生労働省のキャリア官僚の白鳥圭輔(阿部寛)は医療過誤死に関するエキスパートとして病院やそこに勤務する田口たちに対しては圧倒的な権威であり恐ろしい切れ者としてシリーズでは活躍します。「チーム・バチスタ・・・」でもバチスタ手術をした医師や看護師達にハッタリをかましたり、わざと相手の怒りをあおったりするのが、初登場シーンとして強調されたりする。原作では白鳥がアクティブ(能動的)な捜査手法を得意とし、田口はパッシブ(受動的)な捜査手法を駆使して周囲や人々を観察していき犯人を追い詰める、というのがシリーズのパターンのようです。海棠尊は医師なので「外科」「内科」のような対象へのアプローチの仕方がまるっきり異なる人物を書き分け「探偵業を分業している」というコンビを明確に描いたのでした。これがホームズものになるとワトソンの方が「より外向的な性格で素直な見方をする人物」になるので、ワトソンの表面的な観察力は内にこもりがちなホームズの推理力にインスピレーションを与えるという役割に止まり、体裁としてはあくまでもホームズの活躍の記録係として登場するのです。なのでホームズ&ワトソンペアの個性の一部を取っ替え引っ替えしてアレンジし直して発展させたのが田口&白鳥ペアといって良いでしょう。それと田口と白鳥では病院の内部関係者と病院を監督指導する立場の官僚としての立場の違いがあるので事件調査に「ゴールする目標」が違います。映画「ジェネラルルージュ」では前作の事件をきっかけに病院のリスクマネンジメント委員会の委員長に田口公子(竹内結子)が就任したところから始まって速水(堺雅人)への疑惑と適切な処分について考えるのが彼女の仕事なのだ、というオチの構成なので、その辺も田口&白鳥の役割分担を観客にはっきり見せていくわけで原作を読んでいなくても分かりやすかったです。

探偵としての田口公子とは

 「ジェネラルルージュの凱旋」の田口公子は病院のリスクマネジメント委員会宛に来た匿名の告発状を受けて速水を独自に調査する羽目になり、医師にも関わらず血が苦手で救急病棟にも入っていけないが自分があ・・・と如何にもやる気なさそうな様子で病院の人々に話を聞いていきます。でも自分の外来を一緒にやっている藤原真琴(野際陽子)と病院内の人間関係をおしゃべりしながら速水の周囲を探っているのはなんだか楽しそう。彼女実は調査について決してやる気が無いわけではないんですね、やる気があるように周囲に悟られないようにかぎ廻っている。これがTVの二時間ドラマだと探偵役の女優が中年過ぎのおしゃべりな相方(もちろん女性)と一緒になって張り切って探偵やるもんだからすぐに調査対象の人々に警戒されるんですけど、田口は病院内の組織の一員ですから殊更渋々にやっているようにそして無能そうに見せないといけない。竹内結子の演技だとそんな感じが強く出る、こう言っちゃ何ですが男の役者より女性が演った方が「昼行灯」などともったいぶってするより展開にスピード感は出るかもしれないです。告発状を匿名で送りつけた人間も誰だか分かっていないしね。そのうちに例の白鳥(阿部寛)が自ら身体を張って無理矢理に入院しようとするし。病院内では速水と反目する大学病院の精神科助教授の沼田(高嶋政伸)や病院事務長の三船(尾見としのり)も登場するので徐々に問題が収斂していくのですが、そんな折病院の近所で鉄道の駅で大事故が発生、大量の救急患者が運ばれて来ることに・・・てなことで後は映画観てね。

チームバチスタの後、なぜだかハリウッドのTVシリーズに出演

 竹内結子は2010年にフラッシュフォワード コンパクト BOX [DVD]という米国のTVドラマシリーズに出演し、そのドラマ鳴り物入りで始まったのに見事ポシャって1シーズンで終了しちゃったのですが、もし人気が継続して竹内結子の出演も続いていたら今頃は彼女どうなってたのか解りません。どうしてオファーが廻ってきたのか?本気で海外進出狙ってたのか?(でもそれは絶対無いな)・・・とにかく謎でした。もちろん日本の竹内結子のファンには米国に進出しなくて幸運だったのは確かです。んでハリウッドが日本人の役者をオーディションする際には出演している映画&ドラマを徹底的に観ていくそうですから、竹内結子の出演している映画をハリウッド業界人は「バチスタ」を始めよく知っているということですよね。

 そしてどうでも良いことを付け加えると英国で例のベネディクト・カンバーバッチ様によるTVドラマシリーズSHERLOCK/シャーロック シーズン1 Vol.1(吹替版)シリーズの世界的ヒットを受けて米国版でも現代版シャーロック・ホームズをやろうということになり開始されたのがエレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY DVD-BOX Part 1【6枚組】でここでは相棒のワトソン役が女性でしかもアジア系女優のルーシー・リューが演じていましてこちらも5シーズンまで続いています。「バチスタ」映画版が影響を与えたとか穿って考える必要も無いのでしょうが、些細な事でもヒントにすることが何事においても必要だし今の日本にとってはどんなジャンルでも一番欠けている要素かもしれません。

原作と映画版の最大の違い

 それはもうおそらく映画はより「二時間ドラマ」っぽく原作はより「ラノベ」っぽいんでは、じゃなかと。(笑)ラノベはさすがに言い過ぎかもしれませんが原作の速水はかなりのモテ男で取り巻く女性陣のさや当てが結構あるのだそうですが、映画ではそこはバッサリ切っているので「ジェネラルルージュ」の命名の謂われのエピソードがより引き立つやもしれません。一緒に観ていた夫は「羽田美智子って俺と歳があまり変わんねーじゃないかっ」と最後ぼやいていたのがもの凄くうざかったのですが。バチスタの小説の読者もそうゆう事ばっか気にする人が多かろうとの判断で「意志を貫いてカッコいい速水」を巡っての恋のさや当てとか必要とされたのかもしれませんね。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しょくぎょうふじん⑥ 「グッドモーニングショー」の志村未来と長澤まさみ

 

 

グッドモーニングショー DVD通常版

グッドモーニングショー DVD通常版

 

 映画グッズなんか売っている場合なのかっ(..;)

 この映画を取り上げようと思ったのは今日(2017/08/11)何気なくTVのワイドショーを観ていて「入社6年目の〇〇です」と自己紹介したTV局の女性アナウンサーの姿に衝撃を受けたからに他なりません。もはやこの局の女子アナ事情はとんでもないことになっているらしいと実感しました、が主な理由。この映画自体の出来は水準以上のコメディ・・・よく観るとかなりエッジが効いているのでお家鑑賞向きだよ~としか言いようがないので当初「しょくぎょうふじんの映画」のカテゴリーには入れようと思ってなかったのね。あと同時期に劇場公開されたSCOOP! 通常版DVDと比較して以前SNSで「グッドモーニングショーの方が描き方が斬新かも」なんて発言したのを少し考えが足りなかっかもしれないと急に思い出したからです。その時点では「メディアを舞台にするにしても出版よりTVのほうがより映画的だからかなあ」ぐらいに軽く感じてたのですが、そうゆう問題じゃなかったかも。監督は元々欽ちゃん番組の構成作家からキャリア出発させた方なので現在のTV界についての危機意識が撮らせたのかと思うくらい理想化された失われた楽園のようなTV業界が映画では描かれております。余計なこと言うとアマゾンでは未だにこの「グッドモーニングショー」の関連グッズが検索すると出現する、それにもまたまた驚愕。

志村未来、長澤まさみより「女子アナ」がゴージャスだった時代

 かつてはそんな時代があったんだよ。立川談志も「今時の女優よりずっといい」て絶賛されてた女子アナ黄金時代があってその当時絶賛されていた女子アナは見事フランスの御曹司の嫁になってデヴィ夫人にも「叶姉妹なんかよりファビュラス」て評されていた。最近でもその女TVに出ているけど(フランスではセレブ夫婦でも共稼ぎが当たり前で気安く出演し過ぎているせいか)視聴者はすっかり忘れている。長澤まさみ演じる中堅の局アナは分かっているのか何も分かってないのかさっぱり謎というか素っ頓狂な女で主人公であるワイドショーのキャスター澄田真吾(中井貴一)を冒頭翻弄させるのだけど、長澤まさみの雰囲気は現役の人気女子アナと比べてもナチュラル過ぎるような気がしちゃった(笑)。バブル時代を頂点とした時代の日本のおっさんが抱く「ランクの高い美女」というのはいつもどこかに様式美というものを要求していて、その要求に応えるのに様々な役をこなす女優たちでは荷が重いものになってきた。そんなオッサンの欲求不満を埋める存在だったのが当時のTV局所属の女子アナだったんだよ、で今でもその傾向は続いているから人気女優も女子アナを演ると印象がどことなくサッパリし過ぎる。・・・別に良かったんだけどねそれでも。ただ映画の中で繰り広げられているワイドショーの現場はもう地上波TV全盛期の佇まいそのままなのだよ、緻密にリアルに描かれてはいるけど、どこかこうゆうTVの状況は過去の出来事だったんじゃないかと私なんか片方で気にしてしまう。志村未来、長澤まさみの姿はそのギャップの象徴なのさ。

それでも緊迫している「籠城事件の現場」

 澄田は以前局で報道番組をしていた際、災害時の中継でヘマをして報道の一線からは外されたという過去のトラウマがある。家庭では大学生の息子が交際している彼女との間に子供が出来てしまって結婚したいって言い出すとか、どう言うわけか自分とつきあっていると思い込んでいる長澤まさみに言い寄られるとか、妻(吉田羊)は元女子アナで夫の仕事ぶりのチェックが厳しいとか出だしはスラップスティックな状況(とはいえ一個一個は普通にありそう)で始まる。そう、なんちゃってハリウッド映画って感じなのね。そんないつもけたたましいグッドモーニングショーのOA中に品川の大崎で立てこもり事件が発生しパン屋の客と一緒に立てこもった犯人の青年の西谷(濱田岳)は「グッドモーニングショーの澄田をここへ連れてこい」と要求するのさ。そして番組スタッフは何時ものように大騒ぎして澄田を現場へ行けと促すのだった。んで誰も澄田が犯した取材現場での失態の過去は覚えていないし気にもしてない。この辺の描写が徹底してドライ。一歩間違うと冒頭のけたたましさに慣れちゃって退屈にさえ感じるかもしれないけど、この後大崎に澄田が着いてからの立てこもりの現場の描写がちょっと特殊なのね。大昔の 狼たちの午後 [Blu-ray]のように一見ドキュメンタリーっぽくしているけどただ単にそれらしいBGMのないのっぺりした刑事ドラマのできそこない観ているような変な気分になる、それこそ踊る大捜査線 コンプリートDVD-BOX (初回限定生産)のような音楽が無い実際の事件現場って案外ノンビリしているの?て感じ。でも澄田にくっついてきた番組のカメラマンはヘンテコな小型カメラを以前から自前で開発していて澄田の重装備の防弾チョッキに嬉々としながらくっつていくとか片方でなんかシュールなエピソードが続いていくのだ。澄田の防弾装備姿はあまりにも厳重で刑事たちと比べると大げさなんだけど、今世界のTVキャスターが実際の戦場を取材する時に装着している「薄手のかっこいい防弾チョッキ」って本当は何も防弾には役に立たないらしい・・・という噂もよく聞くので(笑)、リアルな表現って極めるとどっか超現実(シュール)にしかならないってことなのかもしれない。

それにしても〇7時間テレビ局は何処へ向かうんだあああ・・・

 というわけで映画後半の澄田と西谷の丁々発止も面白いんで観てください。同時期に公開されたSCOOP! 豪華版Blu-ray/DVDコンボの時のリリー・フランキー氏だって悪いところがあるなんてちっとも思ってないですが、あちらはかなり以前から皆が待ちかねていた「様式美の世界」なのでぇ、好き好きですが個人的に驚きはしなかったってだけでーす。そして両者とも吉田羊嬢が似たようなポジションの役柄で主人公と対峙しているのでどっち鑑賞しても楽しめるのは保証します。そんなことよりも私は「グッド」については夫が面白そうだから借りたいと言い出すまで積極的に観る気にはなれず、劇場公開時も「千円で観られます」CPについイラッとしたものです。「SCOOP!」の方はきちんと大画面(名画座)で観たもんね~一応言っとくけど。私も含めて今多くの人がお台場にあるTV局に冷たいのよ・・・おかげで「グッド」におけるかつてのTV賛歌について色々過去の面白かった番組の数々をつい思い出しましたわ。入局して六年にもなるのに華が何もない女子アナがいるようなTV局じゃなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しょくぎょうふじん⑤ 「ロボジー」の吉高由里子

 

現代の「天然」「不思議ちゃん」はぶりっ娘に非ず 

 去年大ヒットしたTVドラマの逃げるは恥だが役に立つ Blu-ray BOX、私実は殆ど観ていないのですが、とにかく不思議でしょうがなかったのは「え、新垣結衣演じるヒロインのことをぶりっ子と断ずる視聴者の感想は一切でてこないのかい?どうして?」・・イヤ私何もドラマ自体を否定するわけではなく、主人公はごく当たり前のことを男性に主張していてそしてドタバタしながらごく普通に主人公の主張や願いが叶えられていく展開のような印象だったもんですから(笑)。それに一喜一憂してはまっていたうちの妹のような独身女性たちの感覚の変遷に驚いたのでした。それは新垣結衣の演技が相手に対して常に下手に出ることがなかったということなのでしょう。おそらく彼女の演技の中には所謂「男を手の平で転がす」だの「何かしら媚びを売る」だのが無かったのだろうと思います。・・・んでコレは主に作り手よりも、新垣結衣世代の演技の質が変わってきたのが主な要因ではと私は考えています。例えばLove Letter [Blu-ray]中山美穂酒井美紀花とアリス [Blu-ray]鈴木杏蒼井優はおんなじ岩井俊二監督でヒロインたちの恋愛観等が大して変化していないようなのに両者比べると驚くほど各女優の表現方法が違っていて時代の変化を感じたもんです。・・・で、「ロボジー」の吉高由里子新垣結衣とおんなじ世代。そしてこの世代のもう一つの特徴として、漫画みたいな役柄を演じても浮かない、があります。だからこの映画の突飛な設定が成功したのでは?と。

なんだか澱んでいるオトコたち

 地方にあるそこそこの規模の木村電器では「他もやってるし、ウチでもできるだろう」くらいのノリで二足歩行のロボットの開発をすることになりました、でも開発期間はたったの三ヶ月。若手エンジニアの小林(濱田岳)太田(チャンカワイ)長井(川島潤哉)の3人はそれでもロボット博の1週間前には何とか「ニュー潮風」というロボットを作りあげるのですが、社内のお披露目の際にロボットが不慮の事故で暴走し大破してしまいます。困った3人はロボットの外装だけを作りあげ中に人間を入れてごまかすことにしました、そして選ばれたのが独居老人の鈴木重光(五十嵐信次郎)なの。ここまでのくだりが何故だかテンションが低く、それなのになぜだかクスクス笑いを誘うのが不思議でした。心の奥で「ええ?この爺さんミッキー・カーチスじゃね。クレジットにあったっけぇ」とつぶやきつつ(笑)。五十嵐真次郎という名前はミッキー・カーチス氏が戦時中日本の名前に憧れて自分でつけた名前だそうですよ。そして鈴木老人を始めやる気の無さそうな木村電器の人々に喝を入れる為に登場するヒロインが映画のテンポを徐々に変えていくのでした。それがロボット博で鈴木の着ぐるみロボットに魅了されちゃった女子大生の佐々木葉子(吉高由里子)なのだっ。私は最初観た時すごい驚きました。今でも監督の緻密な計算の勝利なのか吉高由里子の暴走がすごすぎたのかよく分からないくらいです。

不思議ちゃんではなくて就職氷河期を耐えている就活女子

 葉子はロボット博に来ていた女子大生としてまるでニュー潮風に恋したような素っ頓狂な感じで登場します。でも私彼女が出てきた時最初なんかいやーな気がしたんですね。ありがちな気がして。彼女のやってることも人気者になったニュー潮風が全国営業に出た先を自転車でニコニコしながら追っかけるとか、もうラノベとか深夜アニメに出てくる不思議系美少女そのもの。ただ生身の吉高由里子が演るとなんか佇まいがホラーなんですね。ずっこけて転んで顔に漫画みたいな黒いアザ作っても「やたら堂々としている」・・・噂には聞いていたけど、ここまでヤバい娘だとは思いませんでした。でも彼女は大学でロボット研究会に所属していて就職もロボットの事がやりたいから根は真剣なんです。あまりの熱心さにおびえた小林たちは葉子が木村電器に就職試験を受けに来ると面接で冷たく追い返してしまうしね。この映画いい意味で薄っぺらい人情喜劇といおうか(笑)小林たちや鈴木老人が実は心の奥底に深い悩みを抱えているとか、また人生で何か大切なことに気がつくとか、力はいった前向きな人は一切登場しないのでぇ、クライマックスどう収斂させていくのか笑いながらいささか不安にはなってくるのですが、元気が無いけどかつては日本の高度成長を築いた花形企業のなれの果ての姿や就職氷河期を必死に乗り越えようとする若い女性の姿や、何していいか分からないし若い人の邪魔をしないでひっそり暮らしたいけど構ってくれると嬉しい♡爺さんの姿が浮かび上がってくるのでした。だから茫洋としたミーキー・・・じゃなくて五十嵐真次郎を中心とした演技陣はみんな面白かったです。(チャン・カワイあんまり好きじゃなかったのですがこの映画で少し見直したのだった)

2011年当時の日本

 「ロボジー」は2012年のお正月映画として封切られました。前年には東日本大震災が起きて中東ではジャスミン革命チュニジアやエジプトで政権がひっくり返った年です。結構いろんな事があった年に北九州等でロケしてたってことですよね。2017年の今振り返って映画に登場する下関や北九州の風景や北九州大のキャンパスが映っているのを観るだけでもココから5年でいろんな事が変わっちゃったんだなって感慨になるかもしれない。映画の舞台は一見元気なくて寒々しい気もするけど、ピンポイントではまだまだ可能性あるかもみたいな明るい兆しが見えたりもする。んで、そんなに無理して急いで結果出さなくても良いよね~みんないっぱいいっぱいだし、てどこかすっとぼけて終わってた。そうそうこの時はまだ「地方に行けばまだまだ日本は凄い」で単に日本スゴイじゃなかった。「ロボジー」と今の日本スゴイ系コンテンツを比較すると、一地方企業、地方都市の抜け駆けは許さないぞおお~という猛烈に管理したいと監視したい気分が横溢していて、日本スゴイ系コンテンツには観るとぐったりしてしまいます。「ロボジー」に漂うゆるさが既に懐かしいものになっているのだっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しょくぎょうふじん ④ 「プラダを着た悪魔」のアン・ハサウエィ他

 

 働く若い女の子にとって「ロール・モデル」って必要?

 「キャリアを目指す女性にとってのお手本となる先輩の数が圧倒的に少ない」とよく言われていますが、貴女は本当にそんなお手本となる先輩女性って必要ですか?・・・ぶっちゃけいらなくないですかホントは、いや必要ないですよ、ハッキリ言って。あんなにまでなっちゃお終いだわ~っていうサンプルばっかでしょう実際。そういえば若い男の仕事人同士でも「ロールモデルが必要」なんて普通にやってます?やってるよ、だってリスペクトする先輩はいくらでも存在するぜっと反論があるかもしれませんが。男同士の師弟関係なんぞを間近で観察していた経験からしても日本人に同性のロールモデルが必要って気がしないっつうのが実感です。で、このアン・ハサウェイ出世作ともいえるこの映画を観ても、やっぱり「反ロールモデル」映画やんけ・・・USでも事情はあんまり変わらないのねぇ、なんだあっ(笑)て思いましたわ。

公開十年以上たっても「古くならない」

 本当いうと最初は疑問だった。「すぐにヒロインたちの着てる服ダサくならないのかあ?」ってね。スポットCMに登場するコーディネートがまた雑誌からもろに飛び出してきたようなので一歩間違えたら「痛い」と思われる特殊なおしゃれピープルそのままなんだもんね。(映画公開当時は何よりも映画の衣装コーディネートをSex and the City エッセンシャルコレクションBOX セカンド・エディション [DVD]で有名になったパトリシア・フィールドがやったので、当人が来日して映画宣伝したのだ)だから観客は皆は映画の最初っからヒロインのアンドレア(アン・ハサウェイ)に強烈感情移入する人が多いと思う。アンドレアの格好は鬼編集長のミランダ(メリル・ストリープ)が指摘するとおりまるっきり学生、しかも学生が好むブランドのカタログそのまんまだから彼女世代としては十分標準的、ほんの少しださいかもしんないけどなにせフレッシュな美人なんだから何が不足だよ、てなもん。そんなアンドレアを半ば強引にミランダは一番下のアシスタントに起用して朝から晩まで鍛えまくるのだ。アンドレアはファッションには興味が無いというよりファッションの世界には「深い知性が無い」と思い込んでいる。そんな彼女にミランダが自分の雑誌で取り扱っているハイ・ファッションの、特に経済、人々の生活を動かす役割について超高速で解説するシーンは結構凄かった。メリル・ストリープがオスカーにノミネートされる時とそうでない時の区別がいまいち分からなかったけど、この映画でははっきりしてるわ(笑)。ハイ・ファッションと言ってもたいてい多国籍企業が所有してる。大衆(マス)向けブランドと一緒になっていて結局一部分にしか過ぎないからさ。台詞がブランド名がバナナリパブリックしか登場しなくて、アンドレアがGAP丸出しのセーター着ているのだけど、そこでアンドレア言わんとしていることを感じ取りましょう。そしたら貴方も少しはファッションに興味が持てるかも。

女性のキャリア形成についてのしんどさはファッションよりもさらに「難解」

 映画は後半になるとよくあるトレンディドラマみたいな展開になってる・・・という感想を持つ方もいるかもしれません。ベストセラーになった原作小説とはかなり内容が違っていることに不満を持っている人もいるみたい。とはいえ私のように映画しか観ていない者にとっちゃ男性主人公のビジネスもの映画と比べても、業界マニアック度がかなりのハイレベル(パリ出張時のアンドレアの真っ黒なアイテムのみのコーディネートの見せ方とか)なことに満足してしまうのでさほど気にならなかったです。んで原作の概要から察するに原作小説には「好きな事を仕事にするのは女性にとって相当にしんどいこと」というジレンマが底辺に流れているみたいですね。映画の脚色にあたってもまったく考慮されていないわけではないのですが、男性脚本家にはいまいち実感が伴わないものなのか男性差別発言ですまんねw)ミランダとアンドレアの関係の決着としてもあれで良いのか?て感じの結末エピソードで若干曖昧に感じられるものになっております。まああ・・・映画にまとめる脚本としては十分ではありましたけどね。

この映画でブレイクしたエミリー・プラント

 お仕事映画ではヒロインとともに必ず魅力的な同僚キャラの存在が欠かせないのですが、アンドレアの先輩アシスタントであるエミリー(エミリープラント)がこの映画ではやってくれています。役柄としては従来のオフィスもの比べてもむしろおとなしい方なのですがまさに好きな事に尽くして尽くして人生他のことを総て犠牲にして生きているタイプを好演していて、入院してアンドレアに見せるスッピンの丸顔が可愛い。まああ・・・女性が好きな事を仕事にすると「しんどい」の残酷さはこのエミリーの入院騒動程度のことじゃ済まないんだっ、てことも原作小説には書いてあるようですが、興味がある方は読んでみてね。(ついでにコメント送ってくれると参考になりますw)