お祓い/Purification される女 ④ 「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせガール」の水原希子

 

 しかしタイトル名が長すぎてめんどくさい・・・

 以前にも書きましたがちょうどこの映画が劇場公開された折、「まだ首相でいたいボーイとすべての政党狂わせガール」というキャッチーなコピーをネットで見つけましたがそれ以上のできの良い換えフレーズがなかったってのが、この映画のやたらと面倒クサい部分を象徴しているような気がします。だいたいどうして奥田民生になんかなりたいのさ、若い男が。そこが当初から疑問だった。(笑)当然奥田民生になりたい理由は主人公コーロキ(妻夫木聡)にはキチンとあって映画冒頭にヒロインの天海あかり(水原希子)に延々と話すのですが、じゃあ奥田民生みたいになった自分って具体的にはどんな人間に出来上がるのか?というのはイメージがワカナイ。コーロキは編集者なのですが男性誌から出版社の看板であるスノッブなオシャレ雑誌「マレ」に移動することになり戸惑っている。名物編集長の木下(松尾スズキ)は多彩な個性の部員が欲しくてコーロキみたいな一見するとダサい感じの自分にもそれなりに期待はしてくれている様だけど、やっぱり慣れない。そんな落ち着かない引き継ぎ期間に取材先で出会ったのがアパレル会社の広報担当のあかりだったのさ。しかしながらこのあかりちゃんという娘、超ほれっぽいとおうかそこまでイージーにコーロキの告白承諾して大丈夫か?って感じ。(500)日のサマー [AmazonDVDコレクション]のサマーと一見似ているようであかりはだいぶ違います。両者とも相当に変わってますが、正直私自身はサマーの方がまだ親近感がわくといおうか話相手くらいにはなれそうな気がしてます。あかりはもう同じ女性だとしてもまったく別の生き物のようです。

猫のような女が好みのタイプなんだそうだっ

 あかりはコーロキとあっさり付き合う事に決めて、さっさとイチャイチャ初めてしまうけど、実は直前までコーロキの先輩編集者のヨシズミ(新井浩文)の彼女だった。特に理由もなくコーロキにアプローチされたから彼氏を取っ替えただけなのだ。普通の頭で考えたらあかりという女の子に不信感を感じても良さそうなもんだがコーロキはあかりに目がくらんで彼女の言いなりに振り回される・・・。しかし今どき大手出版社勤務の雑誌編集者って肩書きだけでもモテそうなのにぃ、何故?て観ながら思っちゃった。良い仕事についてるエリートなのに此奴らそんなにも普段モテないのかと。役柄が同じ編集者というだけで潔く柔く (2枚組 本編BD+特典DVD) [Blu-ray]に出てくる岡田将生だとかと比べてしまう。あんなんでモテるならこっちの映画の編集者だってさあ、てちょっとだけ思ったのだった。まあ互いの映画の演出の仕方によって独身男のむさ苦しさの表現が違うのだけど(笑)それだけじゃなく「奥田民生になりたいBOY」ですから当人の理想がかなり高めなのもおそらく一因、ってコーロキには自負もあるだろう。木下にあかりとの交際について相談して「猫のような女がタイプなんだよね」って互いに話し合ったりするし。でも21世紀を生きる大半の若い娘にとっちゃコーロキやヨシズミ、木下のような面倒なこだわりを抱えた男達は意外に恋愛の対象外なのかもしれない。下手すりゃ彼ら以上に面倒なこだわり屋のコラムニストの美上ゆう(安藤サクラ)のような女しか見当たらないのが、コーロキの周辺なのだから。

映画見る前から気になっていたのが

 この映画最初YOU TUBEで予告編をたまたま目にして「こんな映画誰が観に行くのだろう?私くらいしか居ないのでわ」と思ったんで観に行くことにしたのだが、公開前からムック本なんかも出てた所為か劇場ではそこそこ女性客が入っていた。実は観に行こうと思った理由のひとつに「ひょっとして映画後半からカジュアルな松本清張的サスペンスがあったりして」という期待があったの(笑)。コーロキとあかりに怒ったヨシズミとかさあ、いいぞお松本清張チック!と一人で盛り上がったのは良いんだが、話の締めはどうするのだろう・・・やっぱりアレは必要だろうアレはでも舞台は都内だしぃ、とゆうことだけ気になったのだ、そう松本清張に代表されるような日本の男女サスペンスに必要なのは「崖」じゃないですかあ、何といっても崖(笑)。男女間の激情を表す山の崖もよいけど(昔のあの頃映画 「事件」 [DVD]とかさ)松本清張原作だとなんと言っても海岸の崖モノ♡、諸行無常ってゆうか。実は2017年度に公開された邦画って「崖映画」が結構あったのだがこの映画のクライマックスにも崖は登場する。ぶっちぇけそこでアタシは狂喜したよ(笑笑)!!オサレな都会のど真ん中にも崖あったね~段差はスゴーく小さかったけれど、水はちゃんとあったし、哀れな男がちゃんと墜落していた。

ほろ苦い「サクセス」

 元から大根仁監督ファンの男性にはこの映画あんまり評判が芳しくないようなんだけど、その手のタイプほどラストは見応えあるんではないだろうか。まずコーロキはあかりには手痛く振られるけど、結局は仕事でもプライベートでもとりあえず成功を収めるんだよ、でも飛び上がる程の幸福感が感じられない。コーロキにはそんなつもりは無かったし、ただ好きな事がやりたくて名声が欲しかったわけでもないのに「マレ」に移動した時に自分には無理だと気後れした「センスが良いけど自然体」な業界人にいつの間にかなっちゃっているから。何だか嘘ついて生きているような気がしてしょうがなくてひとしきり立ち食いそば屋でコーロキは泣くんだけど、正確には「ためしにちょっと泣いてみる」んだよね。そんなコーロキの姿を冷徹な目で観察している「あかり」の表情で映画は終わるのだ。だからこの映画は終始ハードモード。あかりって女はもう存在が都市伝説て言っちゃって話終わらせているんですね。しかしこんな女世の中に居ますかね?でも日本の何処かには確実に居るんだろうな・・・と思わせる、結構リアル。少し前だと比較的高学歴で良いトコのお嬢さんで育った作家の小説やエッセイ等には登場するタイプの女でもあります。日本にだってエスタブリシュメントは有りますし、エスタブリッシュメントの家族は一族が支配階級であり続ける為にはあかりみたいな娘が絶対に必要なんですね。自分が他人と比べて能力が抜きんでる必要は無いけど、抜きんでた能力の持ち主を自分に引き寄せてコントロールする能力は身につけないといけない、でもリーダーシップを取ってると気づかれちゃ困るからぶりっ子するという。ハリウッド映画に代表される日本以外の映画だと「ファムファタール」とか言ってポジティブに持ち上げますが、邦画だと隠微でなおかつ最も狡猾な悪女の部類になります。

 それにしても最近作の「SUNNY強い気持ち強い愛」の池田エライザにしてもそうなんですがちょっと度外れたスケールの女性のキャラクターを所謂「純粋日本人」には到底見えない容姿(水原希子池田エライザも両親の片方は外国人です)の女優に任せるのはまあしょうが無いとは言えますが、水原希子の場合は特に母親が(おそらく在日の)韓国人で父親がアメリカ人で幼い頃に両親が離婚しているというおよそ日本ではエスタブリッシュメントとは無縁の環境で表舞台に進出してきた彼女なのに、この役なのね。皮肉だなあとは思ったりもしますが、その所為かあかり役の水原希子なんとも言えない孤高なる姿はちょっとだけカッコ良いなと思いました。

 

 

 

 

 

なんだか不運な女 ⑦ 「早春」のジェーン・アッシャー

 

早春 デジタル・リマスター版 [Blu-ray]

早春 デジタル・リマスター版 [Blu-ray]

 

 永遠の「犠牲者」たるヒロイン

 原節子リリアン・ギッシュジーン・ティアニーに(現在のパワー系美熟女の姿が信じられない)ロビン・ライトジャネット・リー・・・よく考えたらこのブログを最初で取り上げた映画ほどクラシックといえる名作でしかも存在自体が超難解なヒロインばかりだったのに何故よく考えずに「なんだか不運な女」とまとめてブログアップしようとしたのか今振り返ると自分でも分かりません。とにかく共通するのは彼女たちは全員とことん悲劇的で映画のなかでひたすら犠牲者だって事。「早春」も今回名前だけは30年前くらいから知っててやっとこの間早稲田松竹で観たばっかりでした。しかしヒロインのスーザン(ジェーン・アッシャー)は前述した不運な女達の中でも最も酷い目に遭ってますね。なんせ映画全編にわたって童貞の少年マイケル(ジョン・モルダー・ブラウン)中年高校教師(カール・ミカエル・フォーグラー)スーザンの婚約者(クリストファー・サンドフォード)と三人の男どもの性欲の的にロックオンされてしまって、あげくの果てにはDEEP END に血まみれで漂う・・・姿で映画終わるんだもの。さすがオフィーリアを生んだ英国映画のヒロインと言ってもいいのかな?でも脚本書いて撮ったのは現在ポーランド映画界を代表するイエジー・スコリモフスキが冷戦時代に亡命していた英国で制作しました。かのポランスキーとは永年の友達だってさ。(苦笑)

思春期の少年がひたすら「年長の女達にセクハラ」される話(21世紀基準による)

 早稲田松竹にはいつもシニア男性が来ていてこの映画もとりわけ観客が多く、マイケルの出くわす熟女たちのお色気攻撃や性の悩みに悶々とする姿にゲラゲラ笑っておりました。でも主役のジョン・モルダー・ブラウンって子役出身の美少年(この後ビスコンティルートヴィヒ デジタル修復版 [Blu-ray]に出演したくらいだよ)ですからね、スーザンも含めて雇い主の公衆浴場のオーナーは(立派な事を言ってるけど)若い従業員の容姿で楽ちんなビジネスやりたいだけだったのかもしれない。マイケルはいきなり中年女性客(ダイアナ・ドースと言ってUKのマリリン・モンローと評されている)に襲われるし。彼女は演技派のセックスシンボルとして有名だったのでガチで怖い、男からしても怖いのじゃないかな。スーザンはぱっと見マイケルを手玉に取って翻弄しているような様子にも取れますがおそらく彼女としては真面目に教育しているつもりなんだと思いました。多分マイケルの前の男の子たちもすぐに辞めていったのではないのかな。ただ彼女はマイケルに本当のところ何を教えたがっているのかが謎。実は彼女自身もよく分かっていないのかもしれないけど。ヒントとしてはマイケルは学校が退屈で中退してしまって十代で勤労始めた所謂労働者家庭の子だけど、穏やかに育っていて「ママが大好き」って未だに普通にやってしまうようなヤツ。対してスーザンは母親を亡くしたおかげで非常に不安定な心理状態で十代を過ごしていたっぽいという事でしょうかね。

Would you like to play a Foot Ball ?

 マイケルはスーザンに徐々に煽られて彼女を追っかけ回して半ばストーキングをするようになる。でもあんまりスーザンはマイケルの振るまいを気にしない・・・というかどうも詳しく把握していないし、マイケルの行動の意味が理解出来ないんだよね。真剣に自分が求められているとはどういう事なのかが彼女には分かんない・・・まあ理解出来なくてもしょうがないよ、これまで男性に大事に扱われた経験がまずスーザンには無かったから。スーザンと不倫関係にある教師(マイケルも教わっていた)ってのが酷いヤツで自分はスーザンの勤務先でやることやってたのをマイケルに見られたのに気づいて「彼女は公衆浴場の客相手に売春している」って平気で嘘つくような男だもん。(映画見る前に読んだんですけど「早春」を批評したブログの書き手は教師の言うこと真に受けてホントにスーザンはチップで売春してると思ったようですが)そもそもスーザンはセックスすらあんまり好きじゃないんだ。婚約者とのセックスで自分がそうだって初めて気がついた。でなきゃ婚約者に連れて行かれる映画が「性生活の〇〇」なんてスウェーデンのドキュメンタリーなんてなワケないでしょ。不倫相手と婚約者じゃセックスするのにも彼女に求めるものが全然違う。一回りほど年上の婚約者はちょっと強引だけど彼はスーザンの事が自慢だし彼女の主張をある程度聞き入れてくれて待っててくれる。映画途中までだとスーザンと婚約者が何を揉めているのか私には分からなかったけど、スーザンは女性としての自分にあんまり「自信」持ってない、自分が大切に扱われて当たり前だってのが信じられない・・・スーザンの心理の過程をそうやって推察してみるとマイケルが寄せてくる自分への憧れも彼女にとっては癒やされるものかもって気がしてきました。

(スコリモフスキが描く)1970年代夜のLONDONには「小ネタ」がいっぱい

 中盤スーザンが婚約者とデートしに、それをマイケルが追いかけていく時に描写されていく70年代ロンドンのナイトシーンも興味深いです。比較的裕福な若い人達が行く会員制のナイトクラブやクラブのすぐ近所にある風俗店(というか売春の店舗)、その前にあるホットドッグの屋台・・・とかなりカオス。その辺を風俗客のオッサン達やオシャレなカップル、スキあれば誰かに奢って貰おうとする十代の女の子達だとかw。風俗店には若い女性の等身大の看板があって顔はスーザンにすごく似ているけど彼女より巨乳であったりするとか。んでまたその看板をマイケル盗んじゃうとかw。風俗店では若い美女の等身大の看板で客を呼ぶんだけど店内の女性は皆看板よりぐっと太めのオバちゃん世代が中心だから盗まれるとえらい迷惑だったりするだとか。ホットドッグの屋台はイレブン・ミニッツ [Blu-ray]にも登場しててワルシャワの屋台店主もくせ者親父だったけど、ロンドンの屋台を仕切っているのは「やたら快活な独自の接客スタイルを貫くアジア系のイケメン」(クレイジーリッチに出てくるヘンリー・ゴールディングの親父か?ってゆうぐらいに似てるっww)で、要は屋台よりも背が高いからマイケルと目を合わせて接客するたびに屋台の柱をくぐって顔を出すって動きを繰り返すだけなのに、もの凄くおかしいの。もうカッコ良いホットドック屋の兄ちゃんが顔を向けてくる度ごとにカンフー達人だとか板前だとかやってるキビキビしたアクションこそがアジア系男性のかっこ良さのキモなのかもしれないって思いつつ、でも笑えるっていう演出。これを現代では蔑視とみるか、リスペクトを込めて異なる人種の個性を見い出したさすが伝説のカルト映画監督の先見の明なのかは断定できませんが、是非見て欲しいです。

ポール・マッカートニーの元婚約者

 ジェーン・アッシャーについては日本でだとポール・マッカートニーと婚約して結婚寸前で分かれた・・・ってのが一番広く知られていますが、彼女自身はポールよりずっと「良いとこの家」で育ったお嬢さん。家族は両親が音楽教育を教えていて妹は舞台女優、彼女自身も演劇学校でしっかり学んだ女。だからスーザンの役柄についても取り込まれずに自分の中で消化して演じる事が出来たと思います。当時の若い女優さんだと役柄の境遇があまりにも自分に近すぎると演技と日常が分離できずにパニックを起こす事もあるので、かなり悲惨な境遇の役を比較的上流階級出身の方が演るケースが多かったみたい。ゲラゲラ笑っちゃうエピードの後にスーザンが不倫相手と対決して今まで彼女の身の上に起きた事がうっすらと解ってきてそれまで笑ってたオッさん達は皆青ざめてしまう。不倫相手のオッさんは終始暇なわりには良い車に乗ってたりやたら洒落た格好している気がしましたが、コレも奥さんの実家が裕福で尻に引かれてる日常の鬱屈を紛らわす為だけにバージンで十代の女学生ばっか狙ってたんだなってのも感じ取れます。そしてやっと一見落着と思えた瞬間に悲劇が起きる。何故にこんなラストになんのかなあ?って考えてしまいますが、かのロリータ (字幕版)と双璧と捉えても良いかなと。思春期の少年少女が性の興味に捕らわれて身動き出来なくなるのは自然なことかもしれませんが、相手が少年少女よりも圧倒的に年長者なのは問題が多い。なんと言っても対等な関係ではないからね。スーザンは過去の自分が被った性被害を今度はマイケルに対して行ってしまった、スーザンとしては優しさだと思った事がマイケルにとっては超残酷な体験でしかなかったの。だって上手くいかなくてマイケルは「ママ・・・」ってしくしく泣くんだもん。女の子が貞操を失いそうになった時に「ママぁ」って叫ぶのが定番だった時代があったのね、かつて。それとおんなじだって暗に言ってるシーンなんだよ。だからフェミニストに限らずいろんな人に「早春」て映画は今こそ観た方が良いって言いたい。私も長いことビビってたけど観に行って良かったわ。

 んでこの映画1970年に撮ってたそうです。丁度この頃にクイーンにフレディ・マーキュリーが加入しました。5年後にボヘミアン・ラプソティーで「ママ、僕人を殺したんだよ~」って歌うんですが、映画のマイケルはまさにこの唄のまんま。

 

 

 

 

お祓い/Purificationされる女③ 「クレイジーリッチ!」のミシェル・ヨーとコンスタンス・ウー


映画『クレイジー・リッチ!』予告編

この映画の最大の謎とは?

 それはヒロインのレイチェル(コンスタンス・ウー)の彼氏で王子サマたるニック(ヘンリー・ゴールディング)の父親が一切登場しないことです。でも誰も彼を父親不在の家庭で育ったマザコン男とは言わない、言わせない所がスゴイところなの。映画の冒頭に「中国/Chinaは眠れる獅子だ。この眠れる獅子が目を覚ませば世界を震撼させるだろう」というナポレオンの言葉が紹介され、ニックの母であるエレノア(ミシェル・ヨー)が幼いニックを連れてずぶ濡れでロンドンの老舗ホテルに入ると人種差別的な対応をされるのですが、そこのシーンの「落ち」でニックの父親のすべてを語る・・ということになってるからです、「三国志演義劉備玄徳や「水滸伝」の梁山泊のリーダーのように「何がエラいのかはハッキリしないがとにかく力があっていちばん偉い人」って東洋の英雄の典型なのね。(ぶっちゃけ西郷隆盛も典型的な東洋の英雄のタイプ、とにかくあの人は偉いんだからきっとすごいのよ。だから江戸城無血開城したのよねってだけだったんですが)だから大ヒットしたUSに限らず日本でも比較的男性陣の方がこの映画よく腑に落ちるし単純に気持ちよくなれそう。女性の方は私も含めて実はあまりシンデレラストーリーとしての「キモ」の部分が理解出来てないところが有ります。だから映画鑑賞直後は「どこの国のお金持ちも結婚て大変そう」以上の感想が無い。抽選でプレゼントあげるから感想文書いてくれと言われても正直困るでしょう。原題は「Crazy Rich Asians」。この「Asians」は何を指すのかで日本を始めシンガポール等のアジア諸国やハリウッドのアジア系の人々の間でもめた事でも話題になりました。

 

ASIANSって誰のこと?

 それからこの映画公開前から「なんで原題通りクレイジーリッチアジアンズにしないんだ。日本人は自分達がアジア圏に住んでいるって自覚が足りないんじゃないのか」とか映画ポスターがUS版と比べて役者の肌をやたらと色白にして不自然とか、いうクレームが付いたりしました。シンガポールでは金持ちの中国系住民以外が出てこないのでスゴイ不評だったりとか・・・ちょっとどう受け入れて良いのか悩んでしまうトコですね。で、観るとASIANS=華人/華僑のネットワーク社会であるというのがはっきり分かります。私のような日本人にはUSや韓国と同様によく知らない異国の話でしかない、華人社会=中国本土では決して無い独自に作りあげた「文明」の域まで行ってるかも、みたいに感じたので、へーってなるだけです。顔が似ている分より文化の共通点に気づかなかったりする場合もありますしね。だからアジアに住んでいながらアジア人の意識がない日本人偉そう・・と「クレイジーリッチ」観るまでは思う人も、結局日本人ってアジアの中では常に傍流で、マイナーな存在なだけだったのに思い至りますから、そう自意識過剰にならなくても(笑)。どのみち日本じゃあんなスケールのデカい金持ちがいないんですから。何代も続いた金持ちの「家」てのがね。

 

シンデレラコンプレックスとシンデレラになろうの違い

 1981年にマレット・ダウリングのいうUSの作家が書いたシンデレラ・コンプレックス―全訳版という本は大変話題になりまして若い女性が「いつか白馬に乗った王子サマが私を迎えに来てくれる」と夢見て男性に対して依存願望を募らせる事をそう呼んだのさ。日本でも相当な反響があり男女雇用機会均等法の成立前夜だったこともあって日本のフェミニストの学者や心理学者の論文などがたくさんあったようです。日本の男性達はと言うと「コンプレックスは男女お互いサマにあるじゃん」てな歌詞を阿久悠が書いたりしましたが、「シンデレラコンプレックス」という概念自体には特に同意をするでもなくかと言って反論するでもなく定着してしまい、シンデレラといえば男に依存する女のアイコンにまでなって21世紀の現在でも意識を引きずっている状態です。んでもって御説が誕生したUSの方はどうかというとシンデレラのキャラを自らの運命を切り開くタイプなんだとイメージを変質させた強力なプロパガンダが行われ今や日本人の描くシンデレラ像とは著しく異なっております。日本でも90年代から遅ればせながら「王子サマを待ってるだけではなく自分で探しに行こう」みたいなコピーが時々載りましたが、却って「シンデレラになりたがる高収入のクセに自分以上の年収の男と結婚したがる女はクソ。むしろビンボーな男と一緒になって助け合うべきだろ」という独身男性の意見もあるくらいなので、どっちにしろ日本女性のシンデレラ指向は現在極めて低調です。そういう日本事情を踏まえて「クレイジーリッチ」の世界にあってウチらには絶対ないもの、って何だろな?と深く考えると、やっぱり日本人は華人たちよりも動産/人的財産(personal property)に関する理解力、分析力に徹底的に欠けているかも・・・でしょうね、やはり。だって終盤のレイチェルとエレノアの麻雀対決からレイチェルとニックの結婚が許されて結ばれるくだり、私最初まったくワケが分かりませんでしたから。日本の婚活業者から見てもレイチェルの振るまいは理解不能だと思います、まず破談しかあり得ないですよ。エレノアに「彼(ニック)がもしいつか幸せな結婚をして子供が生まれたら私のおかげかもしれないと思ってください」って言うか?日本基準からしたらぶっちゃけ酷く嗤われます。

 

「ベストを尽くす」の限界、Japanese と Asians の違い

 レイチェルは経済学者で専門がゲーム理論。彼女を有名にした学説が映画の最初に紹介されるのですがその内容が「ギャンブルの時、心理的に追い詰められてパニック状態になったプレーヤーはとにかく焦って負け札をつかむ」というもの。本来ならニック本人を説得する為に「アナタがもし幸せな結婚をして子供が出来たら私を思い出して」と言うところを、あえて母親のエレノアに告げる事で「パニックを起こさせてレイチェルという負け札をエレノアに掴ませる→私/レイチェル以外の女と結婚してニックが幸せな家庭を作れると思う?彼が家を捨てても良いって言ったのを私断ったんだからさ」と脅しをかけたって事です。まあこの辺のシーンについてもホントはビジネスやフェミニストの専門家がもっと詳しく分析した方がよっぽどこの映画深く考察出来るような気がしますが、私などにはとても無理なので日本だとレイチェルの「暴挙」がどう彼氏のお母様に受け取られるかだけ考えてみましょう。♡

a) 言ったとたんにお母様に罵倒し尽くされる、もしくは全部言わせてもらえない・・・毒親率が高そうですがおそらく低めに見積もっても6割方はそうなんじゃないかと。後々まで「あの娘の捨て台詞は笑えた」と周囲や親戚中に話をばらまき息子を心底腐らせる。下手すると息子がお家の繁栄の息の根を止めるやもしれません。だから日本の婚活業者が「クレイジーリッチを参考にしろ」とはまず言わないと思います。

b) お母様が相当賢いか賢明故に父親と一緒にレイチェルに対応し「今まで息子と付き合ってくれて有り難う。おかげで彼は成長した。アナタこそウチの息子なんかの事はさっさと忘れて幸せな結婚をして下さい。ついでに息子と交際していた過去などは他人にしゃべったら損するだけだよ」と言って手切れ金&口止め料を弾んでくれます。なぜなら日本だとレイチェルタイプの才女は夫を見つける前に銀座のクラブのママだとか年商〇億円の「女性向け隙間ビジネス」だとかを立ち上げて成功してしまう可能性が高いからです。金持ちで有名になった女性が自分の息子との過去の交際を公言してしまうと後々面倒な事になって、親の言うとおりに結婚して家庭を持った息子に悪影響を与えてしまうのでここはお金で解決するっ。

c) では映画のように「ごめんなさい、ウチの息子との結婚を許すわ」が日本のお母様の場合は無いのでしょうか?おそらくそれって日本には「何故クレイジーなほどリッチな一族」存在しないのか?にも関わってくる問題です。とにかく人的財産/個人の能力と可能性について重要視しないのが日本の富裕層の欠点。むしろ個人の能力には限界があるのだからある程度まで達してれば皆同じ、インフラとしての家族こそが日本の富裕層の財産、付加価値ある不動産万歳!・・・なんであります。日本国内だけでやってるといくら外国人が流入しようがソコだけは「和風化」しそうな予感さえする。(笑)

 母親のエレノアにしろ完全にレイチェルとニックの「個人のポテンシャル」に完全な満足は到底していないはずですが、(ただしレイチェルの育ちと培った能力を「時間をかけないで一族が得られる知識」と判断している可能性は有る)二人の決断を信じないとクレイジーリッチ一族の命運が尽きてしまうかもしれない。たとえ結婚が失敗したとしても自分でした決断を引き受けていく事が一族の繁栄を続ける道なのです。翻って我が国Japanはというとクレイジーな程リッチ、ではなくクレイジーだからリッチなんでありまして、b)で彼氏と別れたやり手女性がリッチになって思いっきりジミー・チュウを買い集めたりするとか、a)で毒親に愛想が尽きた御曹司が一発逆転で事業を立ち上げて親を抜くほどの巨万の富を築き、財産を宇宙ロケット開発やら月面観光旅行に女優のガールフレンドを連れて行くとか行かないとかの話になっちゃう。シンデレラになるには「ベストを尽くす」だけで良いのだったら人財のポテンシャルを計る「自信」が持てない日本人にとっては王子サマや王女サマが居なくてもシンデレラにはなれるって事なのかもしれません。まあ現在の日本では野心家で向上心の強い男女はそれぞれシンデレラより「ナイチンゲール」「マザーテレサ」「タイガーマスク」になりたがるんじゃないですかね。ドラゴンよりは虎になりたいってゆうかさあ。

 

 

 

お祓い/Purification される女 ② 「500日のサマー」のゾーイ・デシャネル

 

 恋の師匠はハン・ソロじゃなかった

 観た事は観たのですが、実はあまり記憶に自信が無い映画。なんたって一般映画ファンの感想や批評こそ(特に女性は男目線の映画でよく理解出来ないのだと主張するし、男性は女はこの映画皆好きなんだろと拗ねる)が面白くて、自分自身の映画の印象がついぼやけてしまってるのさ。で、主人公の男女二人がIKEAでデートするシーンだけは皆憧れるっていう(笑)。あとヒロインのサマー(ゾーイ・デシャネル)には深田恭子前田敦子+パヒュームのあーちゃん・・・という雰囲気が感じられ、オバちゃんの私には「今どきのモテる普通っぽい女の子の流行は何処でもこんなものなのだろうか?」というやや明後日の方向へ頭が跳んでしまいました。サマーは足のサイズの設定が26㎝だそうで、そこも深キョンと一緒なのだ・・・という余計な情報は覚えているっ。脚本家自身が大学院時代のエピソードを元に創作されたオリジナルストーリーで、やっぱり映画脚本について専攻しているだけあって様々な名作映画のオマージュが感じられるのですが、一応主人公トムにとってのヒーローはSWのハン・ソロとやはり卒業 [Blu-ray]でのダスティン・ホフマンの二人になるのでしょうか?・・・もっとも映画スタート時でのトムの恋の師匠はもっぱらハン・ソロです。んで映画最後まで観るとジョセフ・ゴードン・レヴィットがスター・ウォーズ/最後のジェダイ MovieNEX(初回版) [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]で声だけのカメオ出演を果たしたのかもよく分かります。失敗は成功の元だって伝えたかったとかw。

 

しかしトムって野郎は怠け者だよね

 ていう第一印象だったし、終始その印象が変わらなかったよ私は(笑)。だから恋のチャンスを失うのも「そりゃそうでしょ」としか感じない。現実にこんなカップルがいてサマーの話を聞いてたら「よっぽどの怠けぶりに愛想が尽きたんだね」と結論出しそう・・・というかトムみたいな知人が昔居たような気がしてきた・・・IKEAでデートばっかりしてたクセに将来の展望が何故ゼロなのだ?何故それなのにIKEAに行きたがるんだよトムっ!こんなにIKEAIKEAと連呼し続けてるのが自分でも馬鹿らしい。それっくらい私のようなオバサンには「近頃の若い男は何考えとるのか分からん」な行動なの。サマーだって「私だったら結婚願望丸出しだと思われそうでIKEAでデートしたいなんて言わないわね多分」て内心感じてたと推測するよ。トムに初めて声かけられた時も「ザ・スミス聞いてるの?」でエラく食い付いてくるんだけど、にサマーはソレが不思議でしょうがなかったんだと思う。日本だと(ひょっとしたらUSでも)そんな調子で近づいてくる男と気前良く付き合ってくれる娘そういないのさ。だからトムがサマーと付き合ってデートを重ねたのはホントにラッキーな事だったと思う。だってサマーはトムにちゃんと興味をもってくれてたじゃん。

 

おそらく「前の彼氏とは違うのね」だけだったと思うよ

 トム目線で二人の交際が描かれていくので、サマーの奔放な(主にセックスに関しての)行動についていけないと思う人は多いでしょう。でもサマーは最初から「本気の恋はお断り」で理由も「自分の両親が離婚した事がトラウマ」てはっきりトムに話している。サマーのそれまでの男性経験っておそらく彼女の言葉を真に受けた相手ばかりだったんでしょう。だから本当にセフレしかいなかった。(映画でなくて現実の話で恐縮ですが)彼女の前の彼氏と知り合いだった為に「あの人はああだったのに何故アナタはそうなの?男の人って普通皆そうするもんじゃない」とセックスについてガチで比較して問い正され、困惑したという男を私知っとりますが、素直で男性に好奇心を抱いている女性と付き合うとそういう目に遭うのかいな。何せその知人の彼女の両親も離婚して父子家庭で育ったそうです(笑)。だから本当に実際にあった事が映画になってるんでしょうね。

 

皆いろいろな映画のピースを見つけ出す、らしい。

 後半トムとサマーは一緒に名画座に出かけて「卒業」を観てから話が急展開していきます。オバサン族からすると、なあ~んだやっぱり結婚願望が「重い」娘じゃなああいと意地悪感想になってしまいますが、それでもサマーはどっか素直に男の人と対峙しているからああいう反応(映画鑑賞後に一人大泣きする)になるんでしょうね。男女が交際するにはどっかで未来、出口路線がないとやはり自然消滅するしかありません。トムの妹(クロエ・モレッツ)が説教する通り「楽しい事ばかり考えている」だけだとカップルは先がない。トムはサマーに「しばらく距離を置きましょう」と言われ数ヶ月そのまま会わないでいたものの、休暇旅行でサマーと偶然再会しサマーの友人の結婚式に混ぜて貰ったりして一時また楽しいデートの時間も過ごします。そこでまた一瞬トムはサマーとの復縁が「叶う」と勘違いしたりするんだよね~。で、その後一転急降下でトムにサマーが婚約したという報告が一方的に届くのだった。この辺の妙に昂揚しているようなのに淡々とした展開やトムのなで肩でいつもベストを着ているモラトリアムちっくな服装にアニー・ホール [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]の影響を見る方々(町山智浩氏とか)もいらっしゃるのですが私は分かんなかった、というかソレ聞いても自分はウディ・アレンの映画にとんと興味がないんだなと改めてそっちの方に気づきました。(ちなみに例のスキャンダルの所為ではないと思うん・・・だけどな(..;)

 

それにつけてもトムっはどこでしくじったのか?

 これは「500日のサマー」観た男女問わず様々意見あると思いますが、私個人はやはりトムのスケッチをサマーが見つけたシーンでのトムの振るまいが一番「いけなかったのだ」と判断しますね。実は最もトムにとってのアンタッチャブルな部分にサマーが触れようとして、トムが拒絶したわけだから。サマーはサマーでトムに拒まれた強烈な体験があったのですよ、だからその後一緒に「卒業」観に行って大泣きするんだもの。サマーはトムの建築家になりたい夢の中に入れてもらえなかったのよね。別に夢でなくとも良いのですが女性は男性に「今一番こだわってる事、ビジョン」を話してもらうと案外コロッといきます。まああくまでも結婚したくなるってことなので語る男性にとってもリスキーなんですが。だから女性はいい男で結婚の準備が出来ている状態の相手と結婚する、それだけのことです。からしょうがない、トムは前に進む為にユルいメッセージカード会社から建築事務所に転職しなきゃいけない。自分があきらめきれない夢の末席に入れても良いような新しい娘オータム(ミンカ・ケリー)に照準会わせようとすすんですね。コレがまた高嶺の花掴みな雰囲気で終わるので、懲りない男って皆は思うのでした。

 

 

 

 

 

お祓い/Purification される女 ① の後編 「SW/最後のジェダイ」のデイジー・リトリー

 

 SW外伝製作を見直すんだそうだ。

 当初ジョージ・ルーカスに「二十年間で6作品しか製作しなかったルーカスは馬鹿だ」とまでディズニーの人たち言っていたらしい。(笑)それが今回の路線変更だそうな、当然て気もしますがね。だって「最後のジェダイ」についてだって未だにSWファンは上手いこと消化できていないんだからあ。それでも何とか消化の糸口を探して賛否両論の「より否定派」の意見もちょっと参考に読んでみたのですが、特徴的なのは主な登場人物の造形についての悪口をそれほど皆言っていない。特にカイロ・レン/アダム・サンドラーについては否定派閥系の男性ファンの間でも大人気。それが私には不思議でしょうがない(笑)。レイとの失恋エピソードと終盤の怒り狂い方には結構共感しているじゃないのさあ。反乱軍が映画全編通して逃げているばっかりで頑張って企業の役員でキャリアのピーク迎えます風な中年女性(ローラ・ダーンの事ね)が殉職して終わるって何なんだよ!な反乱軍の戦闘のやり方に怒っているヒトが多かったのも、解る気もするんですが、いやスターウォーズなんだよスタートレックじゃないしぃ・・・と同時に私思っちゃった。ひょっとしたら否定派の彼らにとってSWにおける譲れない一線って「SF映画スペースオペラの金字塔」なのかもしれませんね。それじゃ今回の監督ランディ・ジョンソンが「最後のジェダイ」で目指したコンセプトが気に入らないの無理もないかも。だってスターウォーズのジャンルは「映画そのもの」てのが「最後のジェダイ」のコンセプトだったので。SWを作り続ける為にはソレしかもう方法はなくて、ソレを観た古参のコアなファンが商業主義に走ったと嘆くのは正しいっちゃ正しい。しかし出来上がった映画は商業主義とはかけ離れた仕上がりとしか思えなかった私。

そんな理力/フォースの使い方してもいいのかよ!!

 と想いつつもカイロ・レンとレイとの時空を超えたやり取り、なのかそれとも「まるでご近所同士の幼なじみのようにネットのスカイプでやり合う男女」て言ったら良いのかSWも40年続くとテレパシー交換の描写だって非常にドメスティックになるのでありました。そして乙女の心の窓はSlide door/引き戸なんですね、そこだけはきっちり和風という(笑)。ここでもSWは日本、というか日本映画にこだわる。レイとカイロ・レンが交信しようとすると何故だか四角い壁が何層に重なっていて一枚一枚Slideして取り払っていくのも和風です、二人の心のブラックボックスは互いに日本家屋のように襖で仕切られているようなのさ。ここのシーンが物語の中核にあたるってだけでなく抽象的な事柄をよく簡潔に説明するんだなあ、結構スゴくないかあ?・・・て鑑賞直後には漠然と感じただけだったのですが、一日二日経って振り返ると、ひょっとしてアレか?日本のあのお方かい?って晩春 デジタル修復版 [Blu-ray]のラスト近くのシーンとか麥秋 デジタル修復版 [Blu-ray]での紀子さんが友人と一緒に料亭の襖を覗くシーンを思い出しちゃったのさ。どっちも相手の男性が「壁とか襖」として表現されていて話には上がってくるけど本人の登場は省略されているのね小津映画だと。それが「最後のジェダイ」では「とにかく何か着てよ!」てレイが叫ぶ、壁や襖の奥にいるカイロ・レンとしてついに可視化されるのです。さすがは理力/フォース!って言ったら良いのか、まさかそんな風な使い方するのかとか、日本映画のapplicationが止まらない。もっとも監督のライアン・ジョンソンって人はインディーズ映画時代から名作映画からの引用が多い所謂正統派の映画ファン出身者のようなので引用は小津安二郎だけに止まりません。だって小津はOZUですから。

 「最後のジェダイ」の中では、おず/小津/OZUはそれ以外にも鏤められています。それこそ東京ディズニーランドの隠れミッキーのように。

ジェダイマスターのヨーダでも「OZUが復活」

 「最後のジェダイ」のクレジットではヨーダに「フランク・オズ」てデカデカと出てきまして、私はギョッとしたのですがSWファンの友人に言っても「だから何なんだ今回はただの声優出演だろ」と言われてしまいました。でもおそらくヨーダはCGアニメではないでしょう。顔だけモーションキャプターであっても今回のヨーダの含み笑いは怖かったもん。SW参加以後イン&アウト [DVD]ペテン師とサギ師/だまされてリビエラ [DVD]とかのおっかないコメディ映画を撮るようになったフランク・オズが再びマスターヨーダになって還ってくるって、教えのスパルタ度が時間をかけてのしかかってくるようです。んで映画鑑賞終了直後はヨーダの事ばっか気になってたのでしたが、しばらくしてTVでワイルド・アット・ハート [Blu-ray]やってたのをちょっとだけ目にして、あああそっかあぁぁ・・・と気がついたのですが、「最後のジェダイ」のローラ・ダーンって終始「オズの魔法使い」で有名な南の魔女のコスプレみたいな格好で登場するんですよね、なんで反乱軍でもあんな浮いたロングドレス姿なのがサッパリ理解できなくてずっと悩んでいたのでした。「ワイルド・アット・ハート」でのローラ・ダーンオズの魔法使いのドロシーみたいな役柄だったから、すっかり忘れてたけど。デビット・リンチはかつてデューン/砂の惑星 日本公開30周年記念特別版 Blu-ray BOXも撮ってたしねえ。

 しかし「デューン砂の惑星」のケースが典型的だったのですが、緻密なマーケティングに基づいた商業主義映画なのか、それともヤング(オタク)の懐をあてにして金かき集めて作った博打としての大型カルト映画なのかよく分からないまま公開されてた80、90年代のSF名作映画達と似たような作り方を思いっきりやってるのに、SW8で商業主義に完全に飲み込まれてしまったというのは正しい指摘なのか誤っているのかは私判断出来ませんが、とにかく隔世の感があるなあ、とは感じます。

 

 

 

 

 

 

 

お祓い/Purification される女 ①の前編 「SW/最後のジェダイ」のデイジー・リトリー

 

 SWシリーズのヒロインとヒーローなのにっ

 これから「お祓いされる女」シリーズってのをまとめてやりたいのですが、当初自分が観賞した映画の中で「お祓いされてしまふ」状態に陥るヒロインなんてそうはいないよなああぁ・・と(実を言うと想定できる映画が一本しかなくて)シリーズにはならんと考えておりました。ところが2017年公開の映画にはやたらとお祓いされるヒロインの映画が登場してビックリしてます。特にこのSW最新作には驚いた、後ジョセフ・ゴードン・レビットがカメオ出演している事実を知ってさらに感慨深いです。実は同じく「お祓いされる女」映画として(500)日のサマー (吹替版)も取り上げたいんだよね、要するになんだかやたらと拗らせてる恋愛映画の事を「お祓いされるヒロイン」映画として私は考えてたのさあ♡このところ。で、日本語の「お祓い」に対して100%見合う英語はやはり無くてPurificasionとは主に「浄化」という意味の方が適当らしい。より過激な(映画的といってもいい)表現だと Exorcism rite/厳密な(悪魔払い)儀式てヤツになります。さらに付け加えるとこの手の「お祓いされる」映画に登場する男のキャラクターは皆どこか「司祭様」or「牧師様」みたいな奴らばっかです。一見するとやや内気で真面目な二枚目だけど・・・てな感じ、そう沈黙-サイレンス- プレミアム・エディション(初回生産限定) [Blu-ray]でイエスズ会の宣教師演ってたアダム・サンドラーなんてのはまさにドンピシャで当てはまりますよね。大多数の古手のファンは💢、それまでSWに興味無かった新しい世代のファンが少しずつだけど出現している賛否両論の激しいけど(PC対応としてはバッチリな)SWエピソード8です。

あっという間に終わるSWエピソード5、長ーく感じる今回のエピソード8

 映画公開前にキャリー・フィッシャーハリソン・フォードと不倫していたとの告白をフォード了解の元に暴露するわ&その後急死という大事件が起き・・・私自身がスター・ウォーズ エピソード5 帝国の逆襲 リミテッド・エディション [DVD]観て、恋愛ものとしてちょっとドキドキしてたのは何だったのよ~!調子狂うわ~と感じながら今年の正月第1発目で観に行ったのでした。その所為か最初っからエピソード5とエピソード8はお互いが「対」の存在になるのかな?て印象が公開前からすり込まれていたみたい。んで、「帝国の逆襲」は観た人は皆一様に「あっという間に終わるんだよねエピソード5って」て感想を抱くのだ。そう、エピソード5は登場人物が皆「どSキャラ」揃いなのと不穏なラブコメから後半から急転換していって緊張したまんま終わっちゃうのが特徴。んでもってエピソード8はルーク(マーク・ハミル)が脇に引いているのはともかくもフィン(ジョン・ボイエガ)とローズ・ティコ(ケリー・マリー・トラン)の掛け合いやら唐突に出てくる子供達やらローラー・ダーンやらDJ(ベニチオ・デル・トロ)やらが一見するとバラバラな印象でそれにレイ(デイジー・リトリー)とカイロ・レン(アダム・ドライバー)のやたらと重たい恋の駆け引きがどどーんと乗っかているという・・・終わった後皆がっくり疲れる、観客の「M度合い」が試される(笑)映画になっているのだ。あのラストはしょうが無いと思いつつも辛い、ウチの息子も観た後にぐったり来てたもん。私なんかにはローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]と今回のエピソード8に続く流れは自然な感じはしましたけど。ただ最初観た時は個人的には面白いんだけどSWを見慣れていないヒトには「稚拙」に感じるヒトもいそうだわってのが第一印象。実際にはコアなSWファンほど「稚拙な第二創作」って酷評する方が多いようですね。

中国人に大不評だった

 あまりの不評に中国で途中打ち切りになったという「最後のジェダイ」。そりゃあティコ姉妹の美人姉(ベロニカ・グゥ)があっという間に去り、変わって天童よしみ似美人の妹ティコ(ケリー・マリー・トラン)がど根性で恋の勝利者になる展開なんでねぇ、アジア系全員がぁ・・・とは思わないけど中国の方々(特に男性陣)には気に入らないかも。私は彼女が気に入らない云々ではなく、SWともあろうものが学園物のラブコメのような、或いは下町を舞台にした人情時代劇or昔懐かしい西部劇のような展開をしても果たして善いのだろうか?という事には少し悩みました。ドメスティック過ぎるというかね。それまでのジョージ・ルーカス版(エピソード1~6)のSWというのはあくまでもダースベーダー一族の中での家庭劇で、共和国側の人たちは基本「脇筋」に置かれていたわけです。外伝で脇筋のキャラが主役/ヒーローとして活躍するようになり改めてSWのエピソード8も主役グループ以外のキャラクター達が本格始動を始めたということです。これを評価したのがUSの主要批評家とか日本の町山智浩氏って事でしょう、「正史」とは血族の物語でなくそこに存在する総ての人々もの、理力/フォースは総ての人々に恵みを与えねばならないってか。

じゃあじゃあ、伝説のジェダイルーク・スカイウォーカー」の扱いってどうよ?

 エピソード8におけるルークについての描き方が総じて不評でありまして、カイロ・レンとの間の確執よりもヒロインのレイについて彼女に対するフォローがなってないという指摘が多々あります。これについては私自身は「はぁ?」とか思っちゃうんですよね。スター・ウォーズ/フォースの覚醒 MovieNEX(初回限定版) [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]から「最後のジェダイ」でもレイの出自や両親については観客に全く知らされていないのが困るんだけどね。彼女の内に抱える葛藤の内容を知ることなく、カイロ・レンとレイの間の二人だけの秘密としたまま彼らの駆け引きの行方に観客とスカイウォーカーは一緒になって付き合わされているのは確かに頭にはくるかも(笑)だったのかなあ?。もっと単純に「初心な女戦士が不良の元弟子にたぶらかされようとしている」に怒って間に入る老練のジェダイって考えればルークは別にヘンテコな描き方をされてるわけではありません。まあ彼って独り身の上にジェダイとしての正当な後継者さえも居ないように一見見えます。ただその代わり、遺伝子ならぬジェダイの意志を多くの人々に与えてSWから去って行くのでありました。その姿が、まるで「BAKUSHU/麦秋」における菅井一郎のようだったりしますし、小津映画での「THE FATHER/笠智衆」よりはかなり頼もしくてちゃんとレイを導いてますよ。日本映画に影響を受けた歴代SWエピソードの筈なんですが、黒澤明じゃなくてさっきから小津安二郎の話をしている私って変ですよね?

 で、それについては「後編」で詳しくまた書きますよぉ。

 TO BE CONTINUE !

 

 

 

 

 

 

トンデモ悪女伝説⑧ 「女神の見えざる手」のジェシカ・チャステイン

 

女神の見えざる手 [Blu-ray]

女神の見えざる手 [Blu-ray]

 

 「ミス・スローン」と「女神の見えざる手

 この前(2018年5月時点)に見た「モリーズ・ゲーム」は同名実録本の映画化で出版された2014年には映画の権利が取得されたのですが、実際に製作が発表されたの2016年、その間にこの映画がジェシカ・チャステイン主演で作られておりました。その所為か「モリーズ・ゲーム」は同じ女優が主演しているだけでなく内容としてもやや影響が感じられて興味深かったです。「女神の見えざる手」にしても英国で起きた実際のロビーストの事件に触発されて脚本が執筆されたそう。新人の脚本としては業界から異例の評価をされたのも主人公のロビーストを女性にしたのが大きかったようです。映画を見た後、原題の「ミス・スローン」と邦題の「女神の見えざる手」、どちらがより内容を深く的確に表しているか考えるだけでもお話の構成というか、ヒロインのとらえ方で意見が分かれそうですが、今回私は邦題を推しますね。「ミス・・・」の方はひたすら謎のヒロインに関して興味を引っ張る感じ。対して「女神・・・」の方はヒロインと運命の女神を二重にかけています。冒頭に彼女がのたまう「常に先を読む」との主張がまず本気なのか「ハッタリ」なのかでも意見分かれそうだね。

理想を実現する為にしか仕事しません、鉄壁の意識高い系オンナ

 もともとは所属するロビー会社で社長のデュポン(サム・ウォーターストン)に銃規制に反対するキャンペーンをやってくれと頼まれたヒロインのエリザベス・スローン(ジェシカ・チャステイン)は頭にきて仕事を断るだけでなく自分のチームの部下ごと一部引っこ抜いて退社してやるっ、と告げてしまう。業界で有名な私が「銃規制推進派としてロビー活動やる気満々」のスタンスでアピールすれば、すぐにオファーが来るもんねぇ、てなもん。で、実際にNGOとかの活動を支援する系のロビー会社に迎えられるのだけど、デュポンや銃規制反対の団体の支持を受けている上院議員ジョン・リスゴー)達には「思い上がった馬鹿オンナ」にしか見られていない。だいたい世間的に一見善いことに思える事案ていうのは善いこと運動する人々に対するネガティブキャンペーンの格好の餌食になってトーンダウンし安いんだよ(笑)、洋の東西を問わず。だからスローン女史の張る銃規制のキャンペーンの方が資金の調達も手法からも大変。資金の調達というのは「声を上げる人間の懐具合」も関係するのですが、まず手始めに彼女は銃規制により興味のある女性団体、女性の企業家から潤沢な資金を集めて銃規制反対派にプレッシャーをかけるのですね。とにかくやたらと喧嘩上手、そしてソレこそがスローン女史が謎の女たるゆえんなのさ。主張があまりにもハッキリくっきりしている為「何故に貴女ってそこまで?」の疑問が表出する。スローン女史と一緒に転職するのを拒む元部下のジェーン(アリソン・ピル)との描き方の対比でも浮かび上がってくるのですが、個人にとっての仕事って達成可能な目標を決めておかないとヤバいですよね。だけどスローン女史の場合はあまりにもデカ過ぎるので達成可能を何処に求めるのかが不明なんであります。そして優秀だけど将来的には研究職につきたい為の御勉強の為だけにロビーストの仕事をしているジェーンを強く勧誘して彼女の態度を徹底的に引き出そうとするのもまた謎。スローン女史の転職先のスタッフで高校時代、校内での襲撃事件に巻き込まれた経験が心の傷になっているエズメ(ダグ・バザ=ロー)に対してもそうなんですが、スタンスがハッキリしていて頑固な女性に対しての働きかけがもの凄い。コレはと見込んだ女性を積極的にコントロールしようとし、男性に対しては多大な期待を押しつけずに費用対効果の高いプロフェッショナルを求めるのがスローン女史の一貫した仕事の流儀のようです。でも何でもかんでもプロに頼めば良いってもんじゃなかったあぁぁ・・・でスローン女史にとっての最大のピンチが。

名前に「Jr/むすこ」ってついている彼だから

 とにかく他人のトラウマや心の隙を狙って食い込んでいくスローン女史は自分の過去やバックボーンについては多くを語りたがりません。皆内心では変だなあと思いつつも彼女の過去について核心を突いた質問が出来ない。まだ彼女が20代前半に数年だけ国境なき医師団で活動していた事実だけは映画でも告げられますが、何気なくスローンにそれを質問した女性スタッフについてもデュポンの送り込んだスパイだとしてさっさと追い出してしまうくらい。んで自分の過去について語りたがらない彼女はまた他人への共感力が高く、また相手に合わせて話し方や情報を小出しにしていく・・・コミュニケーション能力の高い女性にはわりと多いタイプで、他人に気を使う親切で優しい性格の女だったりするんですよ。それが必死過ぎると先回りして自分の考えをごり押ししていくような「敵」からは油断のならない女になる。彼女は仕事で男性的に振る舞うのに疲れるので恋人は求めずに時々エスコートサービスを利用するのですが、彼らが無神経にもスローン女史の担当ではない青年を派遣してきても、次回にはその彼にチャンスをあげちゃったりします。とにかくすごく気持ちが荒れている為にSEXでメンテナンスしなければならなかったようなんですが、1度はキャンセルした相手を何故スローン女史次に指名するのでしょうか。男性だと1度「チェンジで」って言った風俗嬢を指名するなんて話は聞かないのですけどぉ(笑)。男性のプロフェッショナルには常に費用対効果を望む彼女としてはモチベーションの高い状態の人材の仕事ぶりに期待したかったのか、それとも「前回傷つけてしまって悪いと思った」くらい優しくて共感力の高い女だったからなのかは解りません。ただ「スペンサーJr」って名乗るその青年は自己肯定感とスタミナの強さがスローン女史の想定外だったようで、彼女が公聴会に出席する際に敵の切り札になっちまうわ、彼女を追っかけて「君の過去を知りたい」なんつぅ事を言い出すんですよ。困ったスローン女史「嘘ばかりついてた、生き延びる為に」とか言い訳しちゃう、まるで「過去の話なんて相手の気に入るようにでっち上げれば良い」と心得ているベテランの娼婦のような言動で危うく納めるのだっ。お金払ってるのは彼女の方なのに本末転倒感がスゴイというか、何を狙った皮肉(アイロニー)なんだぁ?・・・と少し悩みました。脚本書いたヒトは元弁護士でアジアに興味があり、韓国で英語を教えながら脚本執筆したんだそうですが、まさか韓日に共通する風俗業界文化とかホスト業界に強い好奇心があったりしてたらどうしようかと一瞬気になっちゃった(笑)。

 必要なのは出口戦略

 全米公開時はかなりの小規模で興行したのにも関わらずジェシカ・チャステインの演技はその年のゴールデングローブ賞の主演女優にノミネートされましたが、映画そのものの評価は賛否両論あるのそうな。確かに私から見ても終盤の逆転劇は「いくら何でもそんな都合良くいくかよ」な部分があるっちゃあるかなと。しかしスローン女史の最大の強みはヒトが心密かに望んでいる行動を促す、行動を起こす勇気を与えるという所に一番ありまして、彼女に促される人間は最終的には喜んで加勢してくれるのです。そう意外とヒトの良心とそして「聡明さ」にこそ期待して働きかけるのがミス・スローン、ある意味とんでもなく大胆なギャンブラーなのでありました。でもそんなギャンブルに打って出るにはまず「どんな結果になろうとも確実な出口戦略」をしっかり練ることななんですね。またこの出口戦略は「協力してくれる人たちを巻き込まない為」に必要なのでした。結局彼女って人一倍周囲の人間に気を遣う善い女みたいです。なので買春するのだけは向いていないかなと。ミス・スローンったら二枚目でも自分のタイプでなければ「チェンジで」って言える女じゃないんですから。